空はどこから/猫の長靴 -9ページ目

空はどこから/猫の長靴

日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

前回の帰宅訓練、丸善でこれを見つけた
水木しげる版画展、これは見たいよねぇ

今やすっかり徒歩マニアのファイミル夫妻――
じゃあ、日本橋付近で面白い散歩コースはないかな?
と話していて、ハタと膝を打つ

東海道五十三次があるじゃないか!
お江戸日本橋ななつ立ち~♪
最初の宿場、品川まで8キロ弱、ちょうどいい

落語によると、お伊勢参りの旅人を仲間が品川まで見送る、そこで宴席をはってドンチャン騒ぎ、路銀を飲んじまって品川から引き返す――なんて江戸っ子がいたらしい

五十三次は無理だけど、品川まではホンの一次
いくぜ喜多さん、あいよ弥次さんw

橋の袂に道路元標のレプリカ、ここが出発点

東海道って、国道1号線かと思ってたら東京・横浜間は違うらしい
15号線がほぼ昔の東海道――因ってこの道をテクテクテク

既に夏バテが始まっている道産子ファイミル、日射しが……キツい
途中モンベルの専門店に逃げ込んで帽子をゲット
ついでにモンベルクラブの会員登録

これはレア?
ファイミルさんのベアバージョン

ここは早足――
前回、確認済みの「歌舞伎発祥の地」「銀座一丁目交番」を辿る

銀座に出ると歩行者天国

モデルさんが撮影していた

凄いスタイル!
ファイミル夫妻と同じ人間とは思えない

私「でも、俺はもっとキレイなコを知ってるよ!」
妻「ふ~ん」


新橋に出る――
ここで寄り道、鳥取・岡山アンテナショップへ
丸善で鬼太郎グッズを何も買えなかったので

ささやかながら目玉おやじをゲット


寄り道からゆるゆると国道へ戻る――
休日のせいもあるのか、商店街はシャッター街
その中の貼り紙

大正八年からの伝統が、今、途絶えた……
無常だなあ、と慨嘆する


芝大神宮を横切って、芝神明商店街
そして古川、金杉橋――
ガード下、屋形船が並ぶ

確か、神田川もこんな感じだったなあ


遠回りしてもここは寄らなきゃ――
泉岳寺

四十七士の墓所~♪

日本人より外国人の観光客の方が多かったけど……ホントに興味あるのかな

ねえ、ご家老


10年以上前なら、私は泉岳寺――忠臣蔵で狂喜乱舞していただろう

でもその後、三田村鳶魚をはじめとする数々の伝記物や創作を読んで……
あのワンサイドゲームの殺戮劇(杉浦日向子さん曰く)は何だったのだろう、と思うようになった

でも大石内蔵助はやっぱり好きだ
のん気で始末書ばかり書いていた昼行燈――ところがいざ大難を受けた時の腹の据わり方……
大人の風格がある
元々、少しは名の知れた「文化人」だったらしい

大石の次に偉かった(教養があった)のは堀部安兵衛だった、と書いていたのは誰だったか(池波正太郎か?)

彼らは蛮人ではない、なのに暴力に訴えざるを得なかった
その矜持……私に分かろうはずがない

明治屈指の文化人、福沢諭吉は法を乱した赤穂浪士の「暴挙」を痛烈に批判したらしい
――「近代人」たる福沢さん、その酷評はあんまりだよ、と私は思う

15号線に戻って、八ツ山橋(鉄橋)
欄干に「旧東海道」の文字


この辺りは下町かなあ
古びた建物が丁度いい



北品川橋、天王洲運河
江戸っ子ってホント、屋形船が好きだねえ


目的地に設定していたのは品川宿本陣跡(聖蹟公園)

着いてから、あれ?ちょっと違うな、と思った
ここは大名・公家などお偉いさんが泊まったところ
弥次さん・喜多さんの場所じゃない

品川宿を歩きましょ
イメージをたくましくして、テクテクテク


ゴールはここだ

北馬場参道通りの大門

この門が木造だった頃、きっと弥次さん達も通ったよね、と思いつつ……


結果――
やっぱり街中、八百ハ町は疲れるな

つぎは田舎を歩きましょ
そんなに近くはない、車で一時間弱
でもお気に入りでよく行くご当地温泉が『 手賀沼温泉』

そこに広がる手賀沼の景観――
大きな沼だよ、周遊すれば20キロはあるはず

徒歩マニアのファイミル夫妻、今日(5月2 1日)はここを歩いた
温泉施設前を出発したのが10時頃


これは終点、手賀沼大橋からの眺め――この周囲を全部歩いた


広い遊歩道、沼寄りが自転車道、田畑寄りが歩行者道

では真ん中は……もののけ道かな?
トトロといっしょに歩こ~歩こ~♪


遊歩道を結界に、田んぼ側には広い緑地帯


ビオトープ(生物の息づく空間)の代表格――田んぼの中では黒と緑の蛙が仲良く並んでいるのを見た

『野草観察エリア』草刈り方法を3パターンに変えている
まだ草刈りをしていない、高い草丈の下、良くみると黄色い花


刈ったら出てくる

草刈りをしつこく続ければ、上層の草は後退し、下層の黄色い花が優勢になる
これが人間の干渉する「自然」――里の生態系だ


沼に目を戻せば

白鳥の親子
もこもこのヒナ鳥が可愛い!

そのすぐ脇では釣り人が無関心に釣り糸を垂れている



手賀曙橋――ここから下流は「手賀川」になる


橋を渡ると『手賀沼フィッシングセンター』
そこの看板猫、ミイちゃん

4才程のお母さん猫、乳首が大きい
でも、我が家のあき・けいより遥かに小柄――あいつらがデカ過ぎるんだよ
今思うと、あき・けいのお母さん、月子はこれくらいだったなあ

小舟が浮かぶと、沼の風情もグッと高まる


湖沼らしい飛び地の風景

日比谷公園や旧安田庭園で見た『心字池』
あちらは完全なる工作物
でもここにあるのは沼の生態系と人間のコラボ――どれだけたくさんの動植物が棲息しているのだろう
ビオトープ感が半端ない


ベンチの陰に地域猫発見
声を掛けたらベンチの上に乗ってきた

耳に刻み――去勢済みだ
野良と思えないほど毛並みがキレイ
ひとしきりお愛想したあと「お客さんもういいかい?」とばかりにベンチの陰に引っ込んだ


カモがトコトコお散歩してたので隣りで一緒に歩いていたら

突然飛び立った

親水広場、本日のゴールも間近

『鳥の博物館』に『水の館』――ハコ物は今回スルー、既に3時を回っている


そして手賀大橋
今回、橋は2つだけ



橋を渡って本日のゴール

手賀沼温泉『満天の湯』

さあ、しょっぱい「あつ湯」に浸かりましょ


この日撮った写真は二百数十枚、とても載せきれない

ほとんどが動植物の写真――小さな青い花、小さなピンクの花、真っ赤なヘビイチゴ、梅の香りがする謎の花
ヨシの中で縦に飛びあがるヨシキリ、ネッシーのように黒い首をもたげる水鳥……

ぼうぼうと鳴き続けるウシガエル、何とか視覚で捉えたい!
水辺で長いこと、目を凝らしていた

――群生する水草はピクリ、ピクリと明らかに風とは違う動きをする

何かが潜んでいる!でも見えない……
古来、「もののけ」とは、こういう「気配」の中から生まれくるモノなのか?


今回の手賀沼周遊、ひとことで言えば――
やっぱり水辺は面白い!

ここは壮大なビオトープ(何かが棲息する空間)だったのでした
前回の帰宅訓練は押上でリタイアした
当然、リベンジは果たさねばならぬ

今回は正規のルート、都内から自宅へ
スタート地点は、ここにしよう


銀座のお稲荷さん
道中無事でありますように

有楽町方面に歩いて、銀座一丁目交番
その近くに「江戸歌舞伎発祥の地」



斜め向かいにbrotherのビル
歌舞伎ブラザーの看板

よっ!中村屋!


日本橋にて――丸善
あっ!あの丸善だ

明治・大正の文化人ご用達の店
まず思い付くのは寺田寅彦――その随筆集に丸善の店内をそのまま記述した作品がある
言っちゃなんだけど、内容は薄くてね
入口を入ると何があって、2階には何のコーナーがあって、自分はどういう順番で見てまわる……という、どうでもいいことを延々と書いている
でも、それが妙に良かったりする。日本語がキレイでたっぷりとしたボリューム――日本語召し上がれ、という感じ

若い頃、北海道で読んで憧れていた
そうか、これが「日本橋の丸善」か

と、店内をうろつくこと一時間強……前回の二の舞か?

橋に至る、その名も「日本橋」
言わずと知れた東海道五十三次の起点



……の上に覆い被さる首都高

これが日本橋川
なんだあ!?この風情の無さは!

と、この辺りで正午を過ぎる
昼食を採って更に進むと

椙森(すぎのもり)神社
お江戸の頃は富くじ(現代の宝くじ)で有名だったところ

富くじ――落語でいえば『宿屋の富』か『富久』か
抽選の時には集まった庶民の「当たれ!当たれ!」の念力で箱の中の番号札が動いたという……
再び甦る江戸情緒

やげん掘りの路地を伝って薬研堀不動院
その脇には講談発祥の碑――いろいろあるね(写真が15枚しか貼れないので、画像はカット)


両国橋、隅田川

斜め向こうにスカイツリー
これが真横に見えたら本日の終点近く

橋の袂、大きな石碑だねえ
揮毫は大山巌――日露戦争の陸軍大将

おお~!ガンちゃんじゃないの!
喜ぶ、歴史好きのオジサン

仁徳を以て組織をまとめ、部下の能力を伸び伸びと発揮させる、明治期リーダーのお手本の一人
――ですよね、司馬先生


橋を渡って左折する
そこに両国国技館

大相撲興行の真っ最中

駅前で写真スポットを探していると、ちょうど3人連れのお相撲さんが2組、タクシーに乗り込むところ
荷物を抱え込んで前に一人、後ろに二人、まるで肉詰めタクシー
……乗った途端に車体がずんと沈んだ(笑)

国技館の隣り、旧安田庭園を横切る
緑が濃くて心地よい

スカイツリーはまだ前方


横網町公園――国技館が近いから横綱町かと思った
よく見たら つな じゃなくて あみ

ここには大正12年に発生した関東大震災の慰霊塔がある――百年を経て受け継がれる災害の記憶

その一角、震災の碑と戦災(東京大空襲)の碑が並んでいる

真砂の砂は尽きるとも
世に災厄の種は尽きまじ……


前回も渡った法恩寺橋を北東へ
途中、法恩寺(鬼平犯科帳にも登場するらしいよ)にお参りして

ここがツリーの真横


天神橋を渡り

本日の終点、亀戸天満宮


菅公さんにご挨拶して、帰宅訓練、全行程は2日がかりで終了したのであった


このあと北十間川を遡って押上駅を目指したのだけど
東京って、橋が多いねぇ~

自分が意外と橋マニアだった、と気づいた徒歩体験

いつか、江戸川を海まで辿ってみようかな……