空はどこから/猫の長靴 -10ページ目

空はどこから/猫の長靴

日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

どーも、レポーターのファイミルです

5月15日、プラチナム本社地下、ユルリラポ・ミニライブの模様をお伝えします

ライブ中、突如始まった『箱の中味は何だろな』
まりにゃん、にゃろ組と さち・れな・あさみん組の2チームに分かれる
バツゲームはセンブリ茶一気飲み

先行は まりにゃろチーム
れなしが持ってきた箱の中味を見て、会場が、おお~!とどよめく(これはお約束のノリね)
怯える まりにゃろ
リハーサル中、ヒソヒソと相談する相手チームを見ていたらしい

まりにゃん、いわく「この3人、いかにも悪だくみしそうなんだもの」
会場から納得の声

このチーム分け、まるでベビーフェイスと悪ガキで分けたみたい

優等生 まりにゃんと、ザ・女の子 にゃろ
VS
番長 あさみん、いたずらっ子 れな氏、何をやらかすか分からない モンスターさちこ

悪ガキ組が仕込んだのはナメコ
まりにゃろ組、きゃあきゃあ言いながら箱の中味をツンツンして
「キノコじゃない?」
「ぬるっとしてた」
「せーの! しめじ!」

そこまで分かってて何故しめじだ?
「あんた、ふだん料理してないでしょ」
と小娘にゃろをいぢめる(?)番長あさみ

攻守変わって
まり・にゃろが仕込んだのはタコ――いかにも有りがちなネタだね

ところが さっちゃん、怖がって触れず
実は「怖いこと」にかけては、さっちゃんは名うてのへタレなのである
かつてお化け屋敷では「やりたくない」と泣きじゃくって現場放棄しかけたことがあるくらい

れな氏は「きゃあコワイ」と口では言いつつ、グイと腕を突っ込んで、ぐにぐに触る

あさみんは「小指で当ててみせる!」と豪語して、本当に小指で触れただけで当てる

チームが勝利して、得意顔でバツゲームのセンブリ茶を用意するさっちゃん
……きみ、何もしてないよw

センブリ茶のあまりのエグさに、しばらく歌えない、という まりにゃろ
大げさね、と笑う番長に会場から「あさみ!あさみ!」の大コール
結局、飲まされてウゲッ
「あたし勝ったのに、当てたのあたしなのに……なんでこうなるの?」

かくてコーナーは盛況にして終了
後半のライブへ
まだ喉元にセンブリが引っ掛かっている3人、笑顔で演じながら、ちらりと見せる憂い顔

これがユルリラポ「センブリの乱」の一幕
ゆるりら~っと楽しかったね



でも……

メンバーもファンも、この時が「思い出」になる日を知っている
それに触れずに今、この時を楽しんでいる

私の頭に浮かんだ言葉――ゆるりらごっこ

『優しさごっこ』は今江祥智の児童文学、私はNHKの連ドラ(銀河テレビ小説)で観た
母親不在の中、画家の父と小学生の娘が明るくいたわり合い、新しい家庭の形を築いていく物語だ


そして今、ここで展開しているのは『ゆるりらごっこ』
れなし、にゃろの卒業(6月26日)が近づいている
でも会場ではいつものように、ゆるりらな時が流れている――
この時を大切にしたい、それはユルリラポを知る者、皆の思いだろう


全体写真『星屑のパレード』の
ん~ん 寂しささえ♪
の振り付け


実はこれ、以前にも撮っていた


私がよっぽど気に入った「ゆるりらポーズ」なんだね

上手にいると、このシーンは れなしが真正面、この時の れな氏が物凄く「女の子!」
この目をつぶった「ん~ん」の表情――
私はいつもここでニヤニヤと笑ってしまう

因みに、いつも振りコピしている私は――向かいで れなしとおんなじ表情をしてる、つもりw


2ショット、いつもの さちネタ
箱の中味がファイミルだと思って「ギャッ、触れな~い!」の顔

あれ?怖がってないじゃん?

「だってファイミルさん気持ち悪くないもの」

ありがと……w
わたくし、生まれも育ちも北海道は上川盆地です。大雪山見て産湯をつかい、姓は……

って、寅さ~ん、起きてちょうだいよぉ~


さて、散歩オタのファイミル夫妻、柴又へと短い足を伸ばしたのは5月8日

まずはここまでは楽勝、矢切の渡し


舟を待つ間、救命具の注意書きを見て笑った
何だあ~? この可愛いイラストは~!


舟に乗ったらホントに積んでた
こうやって抱っこするワケね

これ、ぼしいな~、流れるプールに持って行きたい

この時、乗ったのはオジサン一人と夫婦連れ。向かい合って座るのも嫌なので横べりに座る


と、真正面に女の子の二人連れが座ってきた――人なきが如く繰り広げられる女子トーク

ファイミルさん、我関せずとイケメンポーズ

川面の風が心地よい

なるほど、川を渡るってこういうやり方なんだね
舟はまず上流に向けて進んでいく、そして櫓を漕ぐスピードを徐々に緩める
――舟はゆらゆらと川面を斜めに下り、木の葉のように舟着き場に辿り着く


江戸川の土手を数分辿ると、そこに『寅さん記念館』

そのロビー、見上げると――

照明カバーが寅さん(笑)
小粋でやんすね


成り切りショット――フーテンのファイ次郎



記念館を入ると、とらやのセットがそのまま残っている
この階段の上り口で、寅とさくらは幾度切ない会話を交わしたことだろう



あのカバンの中味、映画の中で撮されることはなかったと記憶する
こんならしいよ

富山の薬(ケロリン)が、それっぽいね

寅さん直筆(?)の手紙類

パスポートとか、引っ越し祝いとか
懐かしい人の思い出を辿る気分


奈良時代の戸籍簿によると、1300年前、柴又の地にとら(刀良)という男と さくら(佐久良)という女がいたらしい

とらだけならトキめかないが、さくらもいた、というところがイイね
『男はつらいよ』は寅とさくらの物語
愚かな兄と賢い妹――奈良時代の刀良と佐久良には、どんな人生模様があっただろう
……まあ、映画の冒頭、夢落ちシーンみたいなものかな(笑)

この柴又で、自転車に乗る初老の痩せた女性を見かけた
一瞬、あっ!と思った
もちろん、今日ここに倍賞千恵子さんがいるワケがない
でも柴又に来ると、目が「さくら的なもの、おいちゃんおばちゃん的なもの」を追ってしまう
これがあの長編シリーズに親しんで来た者の柴又慕情であろう

帝釈天(題経寺)にお参り





おみくじ引いたら……凶だった
見事なくらい、良いことーつも書いてない(汗)


3年前、この題経寺に初詣に来て、おみくじを引いたことがある。凶だった。
意地になってもう一回引いたら……やっぱり凶だった

私はこのお寺で凶以外を引いたことがない。
煩悩と怠惰の日々、お天道さまは見てござる

思い起こせば恥ずかしきことの数々、ただただ反省の日々を送っております
……寅さんの名調子が浮かんでくる


では、〆はこのショットにて

草笛を吹くファイ次郎~♪
伊藤左千夫『野菊の墓』の舞台は松戸~市川、矢切の渡しも登場する
私の家から程近い、行こうと思えばすぐ行ける――でも不精者だから腰が重い

この連休中、歩くことにすっかりハマった私と妻は、2万歩メドなら手頃かな、と徒歩で出かけた――5月5日のことだ

市川の「帰宅ルート」から江戸川の土手を上る、対岸は葛飾柴又、寅さんのふるさとだ
そのまま千葉県側を上流に辿って――


『矢切の渡し』

歌謡曲、ヤギリのわたしの大ヒットで日本中に知られることとなった――私もこの時知った――が、発音はヤキリ、濁点なしが正しい

学生時代、小岩育ちの友人の話では、子どもの頃は自転車ごと船に乗っていたらしい
船頭はジャージ姿だし、特に風情はないよ――
ふ~ん、とその時は聞いていたが、観光地化していない、日常生活として渡し船が残っているのなら、それは返って素晴らしい


とはいえ、この日の目的は野菊の墓、舟は次回として松戸方向へ引き返す
まあ、連れて逃げてよ~♪のアベックでもないしね

土手を下って、観光案内所の掲示板


「野菊のこみち」を辿る


大型機械が入れるように整備された田んぼ
それはともかく、このあぜ道、細い!?

これじゃ人は歩けない。作業が全部機械化されているから、歩いて渡る必要がないのだろう

道産子とはいえ、私は田んぼの真ん中で育った、いつもあぜ道を走り回っていた。転んでぬかるみに手を突っ込んだりしていた
時代が違うね、半世紀生きちゃったからなあ

小川に架けられた矢切橋

政夫さんと民さんは、これが木橋の頃に渡ったのであろう

欄干には、野菊と渡し舟のレリーフ
有りがちなアイデアとも思うけど、これも郷土愛の一分だね


お寺の境内に『野菊の墓・文学碑』――
政夫と民子が待ち合わせしたとされる場所


そこから見える田園風景

この直線的に整備された畑の景観から、明治の農村をイメージするには、かなりの想像力を要する

ここで佇んでいると、私たちと同年代の夫婦が現れた
記念碑を見て「何だ?これだけ ! ?」
と不満たらたら……

刺激を「与えて」欲しいなら、金とって喜ばせるアトラクションに行きなさいよ
ここは地元の人が郷土の誇りを形にした小さなメモリアル
楽しみの芽は外部ではない、訪れる人の心の中にある


お寺から歩道橋を渡ると、そこに広場――古びた集会所と物見やぐらがある

地域猫発見、のどかに日向ぼっこ

まるで甚五郎の「眠り猫」が抜け出してきたよう――見事な三毛猫

ごめん、起こしちゃった


木の枝に縁取られた田園の画像

これはまるで……
『野菊の如き君なりき』の映像

木下恵介監督、初期の名作。四隅をぼかした独特の画面構成――そこには幻燈を覗き見るような郷愁がある

この映画を初めて見たのはNHKの名画座、中学生の頃だ

劇中、原作にないセリフ
民子は政夫との仲を裂かれ、望まぬ先に嫁がされる
その結婚式の日、控えの間で花嫁衣装の民子が座っている
その眼は宙を見据え、口元はきりりと結ばれている――既に精神的に「死んでいる」のである
居並ぶ親戚ー同も、民子の胸中を察している

民子の脇に正座する祖母が口を開く
「わしはこれまで生きてきて、楽しいことなど終ぞなかった……だが、おじいさんと結婚できた時は、本当に嬉しかった」

そして民子は立ち上がり、式場へと向かう――精気を失った眼は正面を見据えたまま
祖母は諭すように言う
「花嫁はうつむいて歩くものじゃ」


『野菊の墓』は紛れもなく青春小説
そこに木下恵介はこの祖母の台詞を加えた
そしてこの映画は深い陰影を刻む人間ドラマとなった

中学生の私にとって、この映画で最も印象に残ったシーンは、ここだった――
つまり、私はそういう情緒(?)の人間なのだろう


往時の面影を残す?集会所脇の小道


民さんは野菊のような人だ

政夫さん、竜胆(りんどう)みたい

このセリフに憧れる者にとって、この場所は堪らない


そして現実――
我が家の民さん

帽子忘れてこのカッコ
……むう


そして政夫さん
往時の待ち合わせ場所にて

民さん、また遅刻かよ!
どうせ寝坊だろ?


実はこのブログタイトル
「野菊のごとき我なりき」とするつもりだった、けど
……とほほ