空はどこから/猫の長靴 -6ページ目

空はどこから/猫の長靴

日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

金曜、遅くに出張から帰り、土曜は雨
どーしよーかなぁ、歩きたいなあ……
と、散歩中毒のファイミル夫妻
午後、雨上がりを待ってご近所散策
妻がシャツを買いたいと言うので、東松戸のユニクロへ
夕飯は前日空港で買ってきたジンギスカンと決めている
二時間で、いくつお寺と神社を歩けるかな?

先ずは眞隆寺(日蓮宗)



仁王さん、ちっちゃいw


柘榴の朱い花、そしてぷっくりと実を膨らませている


蓮鉢の中にメダカ

良い風情だね、幸先がいい


住宅地の脇の石段


登ると春日神社

俗域と霊域の無造作な配置
その乱雑さ、心地よい異和感……

広龍寺、日蓮宗



伝法寺、日蓮宗

ここは紙敷町
日蓮宗ばかり、歴史的にそういう土地柄なんだね
ここは関東、鎌倉幕府に絶大な影響を及ぼした日蓮上人の面目躍如、というところか

因みに私の家系の宗派は浄土真宗
先祖は富山のお百姓である

伝法寺の墓域でポンプ見つけた

懐かしいね~、と言う世代w

ここのお墓、墓碑銘が見事に「湯浅」さんばっかりだった
同じ名字の家ばっかり、という地域はけっこう日本中にあるらしい
そんな地域では、お互いに屋号で呼び合う
ここの湯浅さんも、それぞれ別の名前で呼びあっていたんだろうね

「紙敷貝塚」という標柱が立ってるだけの草地


胡録神社


大東亜戦勝って(汗)


あの戦争は何だったのか?
八紘一宇、亜細亜の解放を信じていた人には聖戦
でも実態は選民思想に憑り付かれた日本人の暴走、アジアの同胞から「東洋の鬼」と呼ばれた――
人間社会、みんなが「美しい人」にはなり得ない


地域猫、耳に刻み(去勢済みの印)がある
ニャンちゃん、おいで
と呼んだら、ホントにトコトコと寄ってきた
なんだ?この懐き方は!
我が家の「家庭内野良」に見習わせたい

地域猫2
多分、親猫と一緒だったのだろう
呼んだらこの子だけ寄ってきた――でもここで立ち止まる
やっぱり、さっきのウシ君が特別なのだろう

国道、市街地までホンの数分
ここにキジがいた

ズームで写真を撮ろうとしたけど、先に軽トラが通って追いやってしまった


スマホで「近所の神社」「近くのお寺」を検索、適当に一ヶ所選んでマップの案内を開く――
途中、マップに表れた寺社に寄り道する
うん、寺社巡りはこの手で行こう
とコツを掴んだつもりで……
また次回
北海道、釧路地方
林床をシダに覆われたカラマツ林


屈んで視線を下げてみる

ここはシダのジャングル
小動物の棲む世界

マイマイ(かたつむり)と眼が合った


そしてここは、エゾヤチネズミの通り道
カラマツの根元

樹皮が剥かれ、その下の形成層(樹皮と材部の間の成長する部分、生きている細胞)が食われている
冬期、野ネズミは雪の下でこの形成層を食べる
カラマツは傷口の治療のために樹液を分泌する
樹皮がグルリと剥かれてしまえば、根から水分を吸い上げることが出来なくなり、樹木は枯れる

以前、食われた個所の上の樹皮から、貝の耳のようなピンクの根が出ているのを見たことがある
何とか地面を探り、水を吸おうとしている――それは樹木が持つ、生への執拗な執念であろう

ネズミにも個性があって、周囲をグルリと食い破るもの、半面を縦に上るもの、下枝を食うもの……
グルリさえ食べなければ、カラマツとネズミは共存できる。でもネズミにそれは分からない

シダの赤ちゃん


フッキソウ、まだ新芽が淡い

これは春の気配

山菜の代表格、ウド――もう硬くて食べられない

これが更に伸びたのを「ウドの大木」という

タラノキ

もうタランボ(タラの芽)は開き過ぎ――「芽」じゃなくなっちゃった

エンレイソウ、大きな三枚の葉っぱ――可憐な花は散り、実が出来かかっている

そこに巻き付いている六枚の輪生の葉――これはオククルマムグラ(奥車葎)

来るのが遅かったな
一月早ければ山菜の盛り、草花も全く違う風景が見られただろう
今は遅い春と夏の始まりが同居している


そして大きな自然
美幌峠から屈斜路湖を俯瞰する


峠の植生
ここは風衝地――寒風が吹き荒び、樹木は育たない

丈の低いチシマ笹が地表を覆っている


大きな自然、小さな自然――
今回、ブログにするにはネタが足りないな、と思っていた

でもふと屈んだ時

小さい春見つけた~

屈んで見える風景、ってのもあるんだな……
そんな発見をブログにしてみました
『草加、1 2寺社巡り』――
このブログ、出発前はこんなタイトルにするはずだった

関東圏の各地、散歩をしてみて気がついたのはお寺や神社の数。小さな祠も数えたら、それこそ無数にある
昔ながらの民間信仰が根づいている
北海道にはこんな風景がない。和人の歴史が浅いからだ

何処かの街にトンと降りたって、寺社巡りをしてみようよ。きっとなんぼでも見つかるよ

何処?って特に当てもない。遠すぎず近すぎず、聞いたことのある地名――
草加だ!

草加市で寺社巡りして煎餅を買おう

というわけで、19日、車で1時間
先ずは一社目、草加神社に向かう

起源は1500年代、神社としては新しい
もとは氷川神社、この辺り、旧名は氷川らしい

さて、次は――というところで
妻がタブレットをガサガサやりだす

実は、ノープランなのである

神社と寺で市内に30個所以上はあるはず……位置関係が分からない

とりあえず川だ――綾瀬川に向かおう
車中、河辺の美しさには眼を引かれていた
『草加松原』が名所だとこの時知った

途中、歴史民族資料館

ここでやっと観光マップを仕入れる
受付のお姉さんに「神社とお寺の地図はないですか?」と尋ねると、一瞬、え?という表情の後、大きな見取り図を出してくれた
この資料館、特に目玉はないが地元に根ざした落ち着きがある

森村桂さんって、ここの出身なんだね――私は『天国に一番近い島』しか読んでないけど
ハリウッド俳優 大川平八郎 も草加出身
戦前のP.C.L(東宝の前身)映画『ほろよひ人生』は先日CS放送で観た。そうか、あの人か


資料館を出てまもなく――東福寺

ここに三鈷の松がある
空海が密教を広げる聖地を求めて仏具を投げた。届いたのがこの地――この種の伝説、全国にある
日本人はホントに空海さんが好きである

民家の隙間に小さな氷川神社、四丁目の氏神さん

六丁目にも同じような社(やしろ)があった。
大きな神様、小さな神様――日本人の民間信仰、八百万の神って、大雑把で素敵である

草加煎餅専門店が居並ぶ道を歩いていると、草加宿無料休憩所でボランティアのおじさんに呼び止められる
お茶をご馳走になりながら、資料館でもらった地図で行き先を相談する
結果――やっぱり綾瀬川を辿るのがいいよね、宝積寺を終点にして電車で新田駅から草加駅に戻る

ここで老舗8店の詰め合わせ草加煎餅を買う。結局、最後はバタバタして、買った煎餅はここだけだった

綾瀬川、草加松原に到着
資料館と休憩所がなかったら、方向性も決まらずにうろうろしていたことだろう
二人で話した、やっぱり、
あらゆることに先達はあらまほしきこと
だよねぇ……


川を少し下って神明神社。天照を祀っているけど建立は1600年代、やっぱりチト若いな

そして綾瀬川を上流へ

あっ、曾良だよ!


少し離れて……松尾芭蕉!

古文で習った『奥の細道』――曾良との別れの名シーンが今ここに!
ファイミル夫妻、プチ興奮

松原を行く


陸橋も素敵!


松の幹には鑑札が掛かっている
松林を見る人は思ってほしい。この景観を守るため、地元は多大な労力を払っている――松枯れ病の防除を懸命に続けているのである

川沿いの物産館――ぱりっせ

埼玉のパリだよw

パリポリ君と記念撮影、オジサンのりのり



更に北上、松原北端を過ぎる
対岸は越谷市


少し西側に逸れて、宝積寺
でも――千体地蔵があるとはいっても非公開、パンフにもそう書いてある
なんだか拍子抜け
やっぱり、あらゆることに先達は……

ちょっと待てよ、と案内図を見直す
旭神社の蛇のしめ縄、ここへ行こう

河の辺りの閑静な神社――ヘビってどこ?

妻が「あっ!」と声を上げた


居たよ~!
不気味~、なんだか黄金バットに似てるw
どんな由来があるのやら……いや~、民間信仰だなあ

サプライズですっかり満足、今日の〆はこれだったね~、と川べりを引き返す

では、終わらなかった……

歩道沿いに幾つか立てられた説明板、それを読んでいると
チョン、と肩に何かが留まった
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ……

妻を手招きして写真を撮らせる

雀の子、まだ嘴が黄色い

私をカカシか何かと間違えたのかと思った
でも違う、離れないのである――人間に庇護を求めている
桜の枝に戻しても、縋り付くように肩に飛んでくる
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ……

その頼ってくる姿、まるで愛猫おめぐの登場シーンのよう

妻はすでに「こめぐ」と名前を付けている

でも、連れて帰るのは無理だよ。おめぐのエサになっちゃうよ
それ以前の問題として、野鳥は餌付け出来ないよ

おつかいに 一緒にいこうよ すずめの子
――これは吉川英治が娘の宿題に、代わりに作ってあげた俳句

子供の頃から目で耳で親しんできた雀
でも懐かれたのは初めてだ

何度目か、桜の枝に移して、パッと逃げ出す
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ……
甲高い鳴声がいつまでも聞こえる

野鳥のヒナを拾わないで――
公園などで子ども向けのカンバンをよく見かける
でも、この姿を見て、棄てておけ、と教えるのは無理じゃないか?
拾って育てようとして、結局死なせてしまう……その方が人間の情感に合っているようにも思う

こめぐ(?)は何故人間に頼ることを覚えたのか。人間の匂いが付いたヒナを、親鳥は見放すだろう
自分でエサを取ることを覚えないと死んじゃうよ。ピヨピヨ甘えても、誰も助けてくれないよ
力一杯鳴けば鳴くほど、その甲高い音は哀しく響く

命を語るのは難しい


かくて、この日のメインイベント、終わってみれば雀であった

散歩って、テキトーに歩くとはいえ、やっぱり起点と終点は決めておいた方が良い
そのA点からB点への移動中、何を見つけ何に出会うのか
それが散歩(あるいは漫歩)の味わいだね