空はどこから/猫の長靴 -172ページ目

空はどこから/猫の長靴

日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

『アラビアのロレンス』は、
インタビューで好きな食べ物を聞かれ、
「パンと水」と答えた。

中学生の時、これを新書で読んで
「カッコいいー!」と思った。

以来、もし私が聞かれたら
「コメと水」と答えるつもりでいる。
が、今のところ、インタビューを受ける予定はない( ̄○ ̄)



実際、私は米が好きである。

幼い頃、母は釜にこびり付いた御飯をお湯でこそぎ落とし、茶碗に注いだ。

私はその「御飯の汁」を飲むのが好きだった。

貧しかった訳ではない。
両親とも、実家は米農家。
御飯は特別な食べ物なのだ。


もし最後の晩餐で
「死ぬ前に食べたい物」を聞かれたら、
私は「あの時の御飯の汁」と答えるだろう。




私が小学生の頃、ちょっとしたアメコミのブームがあった。

ヒーロー物じゃなく、4コマなどのユーモア・コミックである。

『ビートル・ベイリー』『ブロンディ』『わんぱくデニス』『アンディ・キャップ』…

そしてお馴染み、
スヌーピーの『ピーナツ・ブックス』が日本に紹介されたのも、この時代だ。

当時、『月刊SNOOPY』という雑誌があった。
私は「スヌーピー友の会」に入会し、ペンダントをもらった。

ちなみに私の人生において、ファンクラブに入会した経験は2回キリである。
Snoopyと…predia(o^^o)


さて、そのアメコミの一つに『ミス・ピーチ』というマンガがあった。


↑最近見つかった雑誌。なんと小学校の文集と一緒に出てきた。


そのーコマ…
男の子がテーブルで料理が出来るのを待っている。
キッチンで汗だくで料理している女の子、振り向いて一言
「美味しくなくちゃいけないの?」


新婚の旦那さんは、たいてい太る。
なにしろ出された物を「美味しいよ」と言って全部食べなくてはならない。

妻に「何が食べたい?」と聞かれると、私はよく「湯豆腐」と答える。
妻は「湯豆腐は料理じゃない」と怒る。


実際、私は食べ物の味に執着心が薄い。

「コーヒーと泥水の違いが分かればコーヒー通」という言葉がある。

「美味しくないから食べられない」という人は気の毒だ。
食べ物は「美味しく頂かなければいけない物」である。

元は皆、「命」なのだから。




父の余命が数ヶ月となり、妻は地元に帰っている。

一人暮らしの私は、ここぞとばかりに粗食にいそしんでいる。

玄米を炊いて、味噌と少しの野菜を食べる…宮沢賢治だね


そして最後に釜にお湯を入れ
「御飯の汁」を飲む。


人は生きるために食べるのであって、
食べるために生きるのではな~い
( ̄∇ ̄)/








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学生の頃、サークル室でレイ・ブラッドベリの『人の心はタイムマシン』という短編小説を読んだ。

うろ覚えだが、こんな感じ…

若者ふたりが「タイムマシン」と呼ばれる老人を訪ねる。
彼らの問いに対し、老人は次々と歴史的事件の目撃談を語る…

人は心にタイムマシンを持っている。
百歳の人は百年の、二十歳の人は二十年の「時」を遡ることが出来る、という話。




『リプレイ』というアメリカの小説がある。
主人公は中年男性。人生に厭きていて、夫婦仲も最悪。

ところが43才の時、発作が起き、現在の記憶のまま時間を遡って18才の自分の意識に入り込む。
これから社会で起きる25年間の歴史を知っている若者、天下無敵だ。

意気揚々と成功者の人生を歩んでいたら、43才でまたもや過去に戻ってしまう。そして…という話。

↓これは手元にある。



私がこの小説を読んだのは奇しくも40代。

なるほどね~
あの失敗、この失敗を悔いるより、いっそ人生そのものをリセットしたい。
40代はそんな年頃かも知れない。


でも
新しい人生を得る代わりに、今の人生で出会ったモノに会えなくなるとしたら…


もし、19才に戻れたら、ポニーテールの妻に向かって
「あんたが結婚するのはオレなんだから、早くオレと付き合いなさい」
と言いたいけど、まあドン引きだね。


prediaに関してはラッキーだ。
全力喫茶の頃から通って、最古参のファンになれる。
prediaは日々、洗練されつつあるから、まだ垢抜けない頃のみんなに会いたい。


でも、考えるのは愛猫のこと。

あの日、あの時刻、あの場所…
つまり結婚式の直前に妻の母が倒れ、同居が遅れてデート気分でサロマ湖にドライブし、夕刻にあの田舎道を通らなかったら

…チビ達には会えなかった。

その場合、チビ達は車にひかれるか、北キツネのエサになった可能性が高い。

もし戻るとしても、チビ達に出会う後でなければ絶対にイヤだ!




20代後半で入院していた頃、病室のラジオで聴いたエッセイの朗読。

作者の息子は海軍士官で、南方戦線に派遣された。
屈託のない若者で、戦地から届く手紙は明朗そのもの。
各地の風景、風俗などをのどかに書き綴っている。

そして…
戦死の通知が届く。

作者は最後、エッセイをこう締めくくる。

…もし、神がいて、人生をやり直せると言われ
「息子の命がこのように短いものと分かっていて、それでもこの子を得ることを望むか」
と訊かれたら、私たち夫婦は即座に
「望む!」と答えるだろう。



初老のファイミルは思う。
おそらく人生ってのは、嬉しいことや楽しいことよりも、嫌なことや辛いことの方が、数においてはるかに多い。

人生を繰り返したいと思う気力が湧かない。

だから、得られたかも知れない嬉しいことより、得られた嬉しいことの方が大切だ。

何にせよ、人生は偶然≒奇跡。
あとは気持ちの問題。
つまり、「感謝」








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prediaの持ち歌が12曲になった頃のparty(ライブ)。
メンバーに曲を割り振り、イントロに合わせて一人づつ登場する、という演出があった。

prediaメンバーはキャラが立ってるからね。
いい企画だな~と思った。



そして昨日
『Crazy cat』と『シルキーレイン』のお披露目で、prediaの持ち歌は23曲になった。

もし今、このコはこの曲、と割り振るとしたら、
相当迷うだろうな~(゚Д゚;)
なにしろ楽曲のバリエーションがスゴい。
嬉しい悲鳴だねっ(^○^)ゞ



昨日のparty、一部は2階席、二部は下手の端の方に行った。

私はいつも下手か上手の端に行く。真ん中は人が厚いので、できるだけ前の方を狙うと、どうしても端、スピーカーの前辺りになるのだ。

だから、たまに2階から全体を見渡すと、どこを見たらいいのか分からない。
「木を見て森を見ず」
貧乏性だね。フォーメーションを楽しむ余裕がなかったりする。



さて、私には
「この曲ならこのコを観る!」と決めている曲がある。

まず『Sunburnd Heart』
これはトニカクもう、メグしゃん!
儚い曲調にメグしゃんの愁い顔が映える。
そして波と風を表現する腕の動きが素晴らしい。


そして『Melty Snow』
これは、ルナ。
右腕を高く上げ、横に突き出す、首が大きく傾がる、前髪が乱れてオデコがペロリと出る。
これを私は
『満月おでこ』と呼んでいる。

以前、
「ルナのオデコが見えるのはスカートがめくれるより嬉しい」
と言ったら
「面白いコト言うね」
と呆れられた。


さて、『Crazy cat』MVのルナは髪をアップにしているようだ。
私は楽しみで堪らないのだが、前髪は引っ張りすぎると、オデコが四角くなってしまう。

先日のヌーカフェで「アッキー美容室」の可愛いママにその話をしたら、髪の編み方で印象は変わるとか。

昨日の第2部、ルナの髪型はチェンジされ、前髪はアップになっていた。
先日の会話の影響の有無は分からないが、さすがアッキー美容室!
優しい丸味を帯びた『満月オデコ』が見れたのであった!

今回の記事、煩悩の固まりだな~(^。^;)




オデコが撮りたくて、1ショット撮影に行った。
本来は2ショットなのだが、自分の姿に興味がないので、私の場合はルナの1ショット。

ポーズは私の演出、だから「猫背」(*´▽`*)






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