空はどこから/猫の長靴 -127ページ目

空はどこから/猫の長靴

日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

月曜の午後

月子が裏庭に現れた!
数日ぶりだ。

死角になるような壁の隅にうずくまっていた。

ガラス戸を全開にするとヨロヨロと入り込んで来た。

乾エサを入れた皿に近づくが、食べられない。
ゲホゲホとえずいている。
洟水か痰のような物をポトンと落とした。

匂いの強い練りエサをあげると、やっとペチャペチャ舐めだした。


2人で目配せする。
ガラス戸をそろりと閉める。

洗濯ネットと猫カゴを用意する。
妻は皮手袋をはめる。
そして、
捕獲───

ガラス戸を駆け上る月子
──猫ってそういうことが出来るのだ!

ネットにくるみ、カゴに押し込む。

やはり弱っているのだろう。
咬み傷、掻き傷を覚悟していたのに、意外とあっけなかった。

ネットに手を入れ、背中に触ってみた。ぐったりとして抵抗しない。

その毛が「助けて…」と言っているような気がした。



病院に連れて行くと、若い獣医が応対した。
ネットのまま診察台に置く。
体重は3.4キロ。晩年のふぁいと比べても各段に軽い。

最初に「暴れますよ」と注意したせいなのか、若い獣医は触ろうとしない。
「多分、熱があると思われますが、暴れるなら測れませんね」

おいおい、触診もしないで診断かよ。

妻の説明を聞いただけで、飲み薬を出して済まそうとする。

「注射一発、ドカンと治るような薬はないのか」
と訊くと怪訝な顔をした。
「そりゃ無理よ」と妻が遮る。

私が子どもの頃は、風邪といえば尻っぺたに注射を打って一発で治したもんだ。
今の医療は飲み薬でぼちぼち治していくんだとか。
まどろっこしい。

月子は直ぐに野良の世界、野生の生活に戻るのだ。
坊ちゃん嬢ちゃんを扱うみたいな悠長なことは言っていられないのだ。


ようやく注射をすることになった。そうと決まると、血液検査に栄養点滴にビタミン剤に、と急に盛りだくさんになった。

エリザベスカラーをつけられる時も、月子は温和しかった。鳴き声ひとつ立てない。
医者が用意した厚手の皮手袋は不要だった。


▷▷▷▷▷

かつて、ふぁい・みるは病院に連れて行く度に大騒ぎだった。

みるは気配を察すると、
絶対ヤダ!
と四つ脚を踏ん張ってカゴに入るのを拒絶した。

ふぁいは診察台で身を捩り、肉球の間から染み出した汗が筋になった。


月子系(アキ・ケイも)は病院では温和しい。
血筋で性質が違うのだろう。


▷▷▷▷▷

さて、いざ注射をするとなると、太いシリンダーで液体をドパドパ入れる。

心臓への負担が気になって
「そんなに入れるの?」と訊くと「皮下注射だからダイジョーブですよ」
獣医のあんちゃん、すっかり大胆になっている。


治療が終わって帰る道も、月子は全く騒がなかった。

家について、月子をカゴから解き放つ




練りエサを与えると一袋ペチャペチャと平らげた。
鼻はまだ若干グスグスといっている。
薬のせいだろう、だるそうだ。

寒い屋外に帰すのが忍びなくて、しばらく放置した。


このまま閉じ込めておきたいが、子どもがいる。
乳首が2個だけピンクだから、おそらく2匹。
寒空の下、月子ママを待っていることだろう。

「おメグたち、大丈夫かな?」
妻が言った。

私たちは未だ見ぬ幼猫を勝手に女の子と決めつけて、名前まで決めていた。


月子は外に出たがらない。
家中をノソノソと探索する。

それは、幼い子ども達を連れてきていいか、落ち着かせる場所があるかを確かめているようだった。

アッキとケイタはつかず離れずで様子をうかがっている。

誰も騒がない、静かな儀式のようだった。


そして洗面所のドアの陰、マットの上で香箱を決め込んでウトウトし始めた。

時間は過ぎていく──


月子を捕らえたのは午後4時頃、もうじき12時を回ろうとしていた。

子どもたちが気にかかる。
「子猫の声が聞こえない?」と妻が尋ねる。
聞こえるはずがない。
月子たちの住処は塀の向こうの、おそらくは更にその奥──


やがて、月子は裏庭に面した部屋に戻ってきた。




▷▷▷▷▷


ガラス戸を開けると、暗闇がぽっかりと姿を現した。

屋内と断絶した、寒くて暗くてひもじい場所──


月子は、その暗がりをたじろぐように見つめていた。


さあ、行きなさい。

手を伸ばすと、
シャーッと威嚇し、爪の尖った前足を振った。

以前のまんま、やはり私たちは信用されていないのだ。


のそのそと闇に消えていく月子

その後ろ姿に、私たちは呼びかける───


月子よ、月子

早く子どもたちを連れて来い

そして暖かい屋根の下、

みんなで暮らそう









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10月20日、コラムニスト天野祐吉さんが亡くなった。

この人の書いた物はまとめて読んだことがないので、記事にするかどうか迷っていた。
今日、NHKで追悼番組を見かけたので、私も一言───




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以前はよく、天野さんがTVのコラムで世相を語るのを視聴していた。

もう、20数年前になるが、天野さんの発言で忘れられない言葉があったので、追悼として───



「天皇は褒める人、励ます人」

特別の功績があった人を園遊会に招待する
災害に遭った人を避難所に訪ねる

それを日本の最高の権威を持って行えるのが「天皇」


その頃、北海道の奥尻島で大震災があり、島は焼け野原になった。

天皇・皇后両陛下が避難所となっていた体育館を訪れた。

そのニュースの最後に中学生の女の子が取材に答えていた

「帰り際に
『電話番、頑張ってくださいね』
って言われて……
ものすごく嬉しかった!!」

そしてその子は顔をくしゃくしゃにした。

ああ、この事なんだな、天野さんが言っていたのは、
と思った。



天野さん自身もそんなタイプの人だったのではないか、と思う。
声を荒げたり、罵ったりという姿を見た記憶がない。

穏やかに、洒脱に、時代を励ます人───そんな人だったと思う。

今、天野さんの本を2冊、ネットで注文した。
遅ればせながら。


ご冥福をお祈りします。









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月子が現れない。

先週、妻が最後に見た時は、鼻をグスグスいわせていたらしい。
猫は食べ物を鼻で感知する。
だから風邪は致命的になる。


毎朝、月子はエサを食べに裏庭に現れていた。
当初、私たちはチビ達を隔離して月子を部屋に上げていた。



やがて、フェンスを隔てるだけとなった。







チビ達が寄ってきても、関心を示さない。
逆に威嚇する






チビ達も恐る恐る見つめるばかり





あんなにも仲睦まじかった親子の姿は片鱗もない。

子離れ、親離れ
今の月子には、巣立った子を気づかう余裕はない。

幼児は何処にいる?
何匹育ったのか


かつてのアキ・ケイのように
月子が子どもたちを連れてきたら、まとめて保護するつもりだった。
暖かい家の中で寛ぐことを覚えたら、またアキ・ケイと寄り添って丸くなることもあるだろう……



でも、月子は消えた

死んでしまったのか?
子ども達は……
一匹も無事に育たなかったのか?



野良の生涯とはそういうものか

短期間で何度も出産し、育つ子はほんの僅か

そして病気で力尽き、死んでいく……どこかの軒先で




とにかく、消息が分からないのはかなわない



月子の消えた庭……













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