ミルドレッド ~ 魔法の言葉 | 空はどこから/猫の長靴

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日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

人生に影響を与えるようなー冊に出会う事ってある
若い頃に読んでいたら、その後の生き方も違っていたかも知れない、という本がある

サマセット・モーム『人間の絆』
読んだのは、五十を過ぎてから――あまりに遅かった

中学生の頃、英語の授業で教師が語った
I don't mind――
何を言っても誘っても「行ってもいいわ」と投げやりな態度、愛情を受けることに鈍感な女――モームのヒロインのセリフだね

兄が文庫本を持っていたので、中・短編は読んでみた
『雨』『赤毛』…… う~ん、筋の運びが小賢しい。ドンデン返しにドヤ顔が垣間見える。私は好きになれなかった

そして最近になって、あの時の教師の言葉が気になりだした
I don't mine――向けられる愛情に無頓着な女――その正体ってなんだろう


どの小説か分からなくて、とりあえず『人間の絆』を読んでみた
これはモームの自伝的な小説、これを乗り越えなければ、次のステップに進めない、という強いこだわりで書いたという。
主人公フィリップの幼少時から始まる、出口の見えない散漫なストーリー展開、でも「書かずにいられない」執着心を感じる作品だ。

この小説じゃなかったのかな?と思いながら読み進めた中盤――

ついに「彼女」が登場する!

ミルドレッド



主人公フィリップは、彼女によって、人生を散々に掻き乱される。
その献身に対して、ミルドレットは冷淡そのもの「あなたを好きだったことなど一度もない」と平気で言い放つ
そしてフィリップを誉める言葉はただ一つ「本当の『紳士』はあなただけよ」

ウェイトレスとして登場した彼女は何度も彼を裏切り、姿を消す
そして現れる度に身を持ち崩している

街娼になった姿をフィリップが見つけ、なけなしの財産を切り崩して生活を保護する。
ミルドレットは、その「親切のお礼」に身体を与えようとして、フィリップに拒絶される
――歯を剥き出し唾を吐いてフィリップを罵った末、家中の家具を破壊して出奔する

それでも、夜の街でフィリップの目はミルドレットの姿を追い、面影の似た女に はっとする

この小説中、ミルドレットを賞める表現はひとつもない。

痩せすぎで血色が悪く虚言癖があって無教養――
フィリップが自らを犠牲にして彼女に尽くす理由は全く明かされない

この蒙昧さはなんだろう
何故フィリップはこんなにも愚かになれるのか

その理由を考えてみて、やがて気がついた。
フィリップがミルドレットに惹かれる理由?
――「理由」なんて、元から「無い」のである

長所と短所を数え上げ、比較して好きだの嫌いだのと判断する
こういう人だと思ったのに違ったから裏切られたと思う
そんな損得勘定など とっぱらって、ただ一方的に盲目的に大切だと想う

そういうことって、あっていい
人間は「考える生き物」を気取りながら、一皮剥けばポカンと「考えない生き物」にもなれるのだ


フィリップは等身大のモーム、自意識過剰で高慢、その一方で救いがたい劣等感を抱える臆病者――人間らしい矛盾を山ほど抱えた人物である
悪意に満ちた描かれ方をする人物像(実際、モデルがいるのだろう)が次々と登場する

その中で、ミルドレットは異彩を放つ――
モームにとって、描かずにいられなかった人物――自分史の総括として


でもミルドレッドに関する限り、フィリップの一途さはモームの理想像だ――
彼自身がこんなに透徹した純粋さを持っていたとは思えない――
モームはフィリップのように成りたかったのだ

一体、彼は実体験で、どんな「ミルドレッド」に出会っていたのだろう……


何も求めない
たとえ地を掘り下げてでもゼロであってマイナスはない

思考の停止した、一方的にして挫けない愛着の情
跪いて請うことは、自分の愛情への見返りではない、この女性が幸せでいることだ


どうしてそんなに優しいの?

……「ミルドレッド」だから



モームによって、私は「ひたむきに想う」という魔法の言葉を手に入れたのである



このブログネタ用に、イメージ写真を撮っておいた
当人が見たらキョトンとするだろねw

まあ、妻の写真でも良かったんだけど……




〈付記〉
なお、この解釈はおそらくモームの創作意図を相当に歪曲している
モームにとって、この小説が「自分史」であるように
私にとっても、このブログは身勝手な「自分史」なのである