銭湯の話 ~ 身体ひとつが財産だから~♪ | 空はどこから/猫の長靴

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日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

私が子供の頃のCMソング

身体ひとつが財産だから
よーく磨いておきましょう
工メロン使って磨きをかけりゃ……
あたしゃあなたに首ったけ
なーんたってお身体を~~
大事にね!♪
――銭湯の のれんを跳ね上げて出てくる中年夫婦、風采の上がらぬダンナが「大事にね」のところでピースサインをする。


こんなCMもあったな――
男風呂と女風呂の仕切り越しで新婚さんがイチャついている
「今、どこ洗ってるの~?」
「きゃ~、やーだー!」
洗い場中に流れるシラ~っとした空気
その夫が隣の男に話しかける
「あれ?これ何てシャンプーですか?」
「フケにはフケミンと決まってるじゃないか!バカッ!」
(但し、フケミンじゃなくミカロンだったかもしれない)



銭湯、久しぶりである。

いつもは車をちょいと飛ばして隣町の温泉に行く。レストランとか床屋とかを併設した総合施設だ。
こういうところは高いから、元を取ろうとする。サウナに入って露天に行ってツボ湯に浸かってエトセトラ
それが面倒くさくなってきた。
時間が掛かりすぎるのだ。

要は、温まればいいのである。

近所の路地をお風呂用品片手に歩いている人は、たまに見かけていた。
銭湯は地域の福利厚生施設――なければいけないものなのだ。


ケロリンのプラ桶。映画『テルマエ・ロマエ』にも出てたけど、本当にまだあるんだね




銭湯の記憶を辿ると、キリがないほどネタがある。
それだけ生活と密着していた。
子供ごころに、通わざるをえなかった場所といえば、学校の次に銭湯…次は床屋かな?


小さな頃は母親と一緒、同級生の女の子がいたりしたのも、甘酸っぱい記憶。
頭を洗ってもらう時は、母親の腿に頭を載せて仰向けになった。
うつ向いて頭を洗う――それも目にシャンプーが入らぬように――なんてのは「オトナ」の所作だったのだ。
仰向けで見る銭湯の天井は、とんでもなく高かった。
頭を洗ってもらいながら ア~ア~ア~、と声を出すと、声は反響しながら天井まで広がっていった。

脱衣場の脇にドアがあって、人目を盗んで忍び込んだ。
狭い通路の向こうから、ボウボウと振動するような音がした。
おそるおそる辿っていくと、熱気とともに漂う薪の焼ける匂い。
今思うと『千と千尋~』の釜ジイの世界だ。
薄暗い空間にほの見えるオレンジの炎
――子供にとって、そこは銭湯の奥に隠された魔窟であった。


大衆浴場は「大衆」が集まるから、ポスターもところ狭しと貼られていた。
もちろん、宣伝のため、つまり映画のポスターである。
父は番台のおじさんと交渉して『てなもんや三度笠』のポスターを貰った。
それは家に帰って冷蔵庫の上に飾られた。


昨日行った銭湯の番台は脱衣場の外にあった。お客が裸を見下ろされるのを嫌がるからだろうか。
これを読んでいる同世代の方は思っただろうね
TVドラマ『時間ですよ』――やっぱり出た(笑)

助平親父たちが何やかやと番台にちゃちゃを入れながら女湯を覗こうとする。
そこには決まって、上半身裸の若いオネエちゃん達がいる。
――この番組、人情ドラマとして良く出来ていた。若き日の境正章さんのコミカルな演技も光っていた。
でも、売りはやっぱり女性の裸
――ああ、おっぱいって偉大だね



男女共同の待合場。
まだ分煙の波が届いてなくて、灰皿が置いてある。一服しながら女房と雑談する。
番台のおばさんは、私たちから目を逸らすように一心にテレビを見つめている。



銭湯の経営不振が伝えられるようになって久しい。
それは地方が寂れ、
「過疎化」が「動向」ではなく「状態」 になってしまったことと、どこか似ている。
それでも、地域行政の支援を得ながら銭湯は残っている。

何故か?
――必要だからである。

サービスをどれだけ上乗せするかではない。
日本人として「文化」的で清潔な毎日を過ごすために、大衆浴場は必要な福利厚生だからである。


私たち夫帰が ありがとうと一声かけて出ようとしたとき、番台のおばさんに呼び止められた。
「これ、あげる。使ってちょうだいね」
え?こんな人だったの?と思うような満面の笑顔だった

貰ったのは新年の粗品で余った手拭い――



ね、文化だよね、にっぽんの――