童女・ルナ ~ 悪人ファイミルは語る | 空はどこから/猫の長靴

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日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

この写真を見たとき……




私は
横山大観の日本画、童女の絵を連想した。

それにしても、痩せすぎというか、
身体が薄い。

重量感が希薄で、何だか儚げである。




一方、この写真



ロケ現場の寒さで、メンバーがルナのケープに群がっている。

ルナの表情は善良そのもの
雛鳥を抱える母鳥のようだ。

これが私の考える「ルナらしいルナ」


でも、雛鳥たちを引き剥がすと……







……やっぱり儚げである。




私は思う。
この娘は『善人キャラ』に捕らわれ過ぎなのではないか

お人好しで思いやりがあって一所懸命で気取りがない
「100%善人」のイメージ

だから、人として足りないところ、性格の悪いところ(ダークサイド)が見えると、全てマイナスポイントとなってしまう。

でも、人としての厚み(味わい)は悪人の部分にある。
欠点がどのようにチャーミングか、が大切なのだ。




人間は元来、狡くて意地汚くて我が儘、
暗愚な生き物なのである。
そして欠点を認めたくなくて、自分自身に対してまで嘘をつく──

とても、信用するには値しない。

でも、嘘をついたり罵ったり騙したり、他人を傷つけたりするのが心苦しくて、落ち込んだりもする。


とんでもなく駄目な生き物なのである。
そして
だからこそ愛しいのである。



善良であろうとする呪縛は、一度解き放ってみるのがいい。

悪人(イヤな奴)になってみる!

そして悪人になり切れない部分が、その人間が孕む本当の豊かさなのかも知れない。



もっとも、仏教では「善悪」の区別を付けたがること自体が無意味、心の迷いであると説く。


蓮は泥の中で咲く
たくさんの泥にまみれること(人間の卑しさを思い知ること)が花を咲かせることにつながるのかも知れない。



私はprediaに関しては「イイ人」を装ってきたが、これからは毒も吐こうと思っている。
善人振るのは虚しいのである。


ルナにも気にいらないことがあればどんどん言って、鼻つまみ者になってやる!

……何だか、ルナへの八つ当たりみたいなブログになってしまった。



どうにも、日常生活で何かと不快なことが多く、心にわだかまる泥沼に辟易としている。


妻に当たると肺腑を抉るような倍返しを喰らう。

これはルナの「善良さ」につけ込んだ甘えのブログである。






ルナ、「掛かって来なさい」のポーズ











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