多感な頃に読んだ永島慎二の漫画。
折に触れて思い出すことがある。
ストーリーというよりも、もっと断片的な「風景」として。
この人は叙情の作家だなあ、と思う。
そして、私の脳をカタチ造る細胞のコンマ何パーセントかは、永島慎二で出来ているのではないか、と思う。
『漫画家残酷物語』を執筆していた頃、彼は新宿フーテン族の中にいた。
名作『フーテン』のワンシーン
長暇貧治(作者自身)がフーテンのたまり場に立ち寄る。
生原稿を抱えている。
フーテンのひとりがそれを読む。
「漫画家残酷物語か、こりゃいいや、ヒャッヒャッヒャ」と笑う。
これはヒャッヒャと笑うような作品ではない。
しかし永島慎二は怒らない。
何の生産性もない、自堕落なフーテン族に対し、彼の眼差しはどこまでも優しい。
短編集『漫画家残酷物語』の記憶───
『貧乏なマルタン』
遺産に絡む殺人事件の参考人にされた青年。
彼の部屋に初老の刑事が聞き込みに来る。
その部屋に流れる、オルゴールの曲「貧乏なマルタン」
青年は漫画家になる夢を持ち、支えてくれる友人と、貧しい中で仕送りを続けてくれる母がいる。その友人が父親殺しの疑いを掛けられていた。
やがて、事件はあっけなく解決する。
刑事は新たな事件(母親殺し)の捜査を始める。
駅の喧騒の中、張り込みをしている刑事の脇を青年と友人が通り過ぎる。
刑事の耳に、微かに「貧乏なマルタン」の曲が聞こえる。
『陽だまり』
不眠症の若者がひとり、深夜喫茶の暗がりに沈んでいる。
ウェイトレスの少女が声をかける。
モジリアニの絵に出てくるような、哀しい目の少女だ。
「死なないでくださいね……私の兄も、あなたと同じようにして死んだのです」
青年は少女とふたり、始発電車で朝焼けの野球場に行く。
芝生に座る二人のそばで少年達が野球をしている。
その騒がしい掛け声の中、青年は深い眠りに落ちる。
『春』
漫画家を志し、都会で下宿暮らしをしている青年が、両親の家に呼ばれる。
実家の生活は実業家の義兄の援助に頼っている。
漫画家などという下らない夢を持つ義弟に説教しようと待ち構えている。
精気のない痩せた母(あのモジリアニの目!)は青年に懇願する
「謝るのですよ」
しかし、青年は義兄に逆らう。
「世の中の事をなにもかも知っている義兄さんが言うことは、正しいのだと思います。
でも、それは義兄さんのような生き方をする人たちにとってであって、ボクには当てはまりません」
その後、ひとり銭湯に入る姿が印象的に描かれる。
青年は熱い湯を浴び、全身を丹念に洗う。
『遭難』
若い漫画家が、年老いた児童漫画家を訪ねる。
雨の中、傘を差した天使(子どもたち)の行列を見る。
それは、敬愛する作家が住む場所に相応しい光景だった。
しかし、その若者に対して老作家は告げる。
「私は特定の個人を愛したことがありません。
子どもたちが私の本を好きになってくれても、私がそれを願ったとしても
それは『愛の一部』ではあっても『愛そのもの』ではないと思います……」
老人の家を後にした若者は水たまりで転ぶ。
雨上がりの空を見上げてつぶやく
「空がこんなにキレイだなんて、知らなかった」
──投稿前に読み返してみたら、私の記憶はかなり違っていた。でも、敢えて訂正しなかった。
これは私の心象風景である──
永島慎二の空気感──
駅の喧騒、人いきれ
早朝の風、芝の匂い
銭湯のもうもうとした湯気
砂利道の水たまり、そこに写る空
紙面から、空気が立ち上ってくる。
風景が見える。
▷▷▷▷▷
永島慎二は、新宿フーテン族の中に身を置きながら、この作品群を描いた。
私もまた、自ら、都会の喧騒に身を置くことを覚えた。
アイドルの現場──
限られたファンがお金を使い、僅かな接触をループする。
いつまでも続く商法では無いような気がする。一つの時代の風潮であろう。
永島慎二はフーテン族に成り切った。
私はアイドル現場に身を置いて、その空気に同調しきれずにいる。
リリースイベントの時、大量にCDを買ったファンが、ひとりの女のコに鬼ループ(何度も列に並ぶこと)をしていた。
いつ尽きるとも分からない握手を繰り返しながら、その合間に、そのコはふっと視線を落とした……
こんなところで終わるつもりはない……私にはそう見えた。
また、そのコは他のアイドルユニットの子とコラボでトークした。
相手の子が「オタクの一団」とファンを指差して笑った時、表情を曇らせた。
また、ある女のコは、自分の前の列が途切れていても、悠然と構えて歌を口ずさんでいる。
プライドが高く、パフォーマンスに自信のある彼女は、目の前の人気のために、客におもねることはしない。
しかし、握手を求めてくるファンの手は、心を込めてしっかりと握る。
ある青年は、バイトを抜け出し、なけなしの金で一回だけ、憧れのアイドルの許に駆けつけた。
しかし、そのアイドルは青年を平気で待たせ、隣りの列の女性客と雑談を続けた。
戻ってきた青年の表情は固かった。
彼はこのアイドルとの接触で、何を得たのだろう。
ここで行われている「アイドル商法」に忠実であれば、何度もループし、時には高額なプレゼントもくれるのが上客。
彼らが「余った金を捨てに来ている」とでも思うなら、気ままに振る舞うことも、物をねだる素振りも出来るだろう。
これは個人の資質の問題である。
自分を見つめる能力
人の気持ちを感じ取る能力
そのことに気づく感性
貧乏な青年は「愛そのもの」ではないとしても「愛の一部」を抱えている。
目標も定められず、自分を見つめることも出来ず、この場に埋もれている女のコであれば、「愛の一部」などカラ手形だ。
お金を媒体とした、人間をオモチャにする喧騒が繰り広げられている。
もっとも、この喧騒にゆったりと浸かり、遊びを楽しんでいる人達もいる。
私は彼らを「大人(たいじん)」と呼んでいる。
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