クロカンと言えばスキー! | 空はどこから/猫の長靴

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日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

春。
でも北海道は雪の中。
だから今の内に書いておこう。




住んでいる場所の面白そうな事は、そこにいる内にやっておこう。

オホーツク地方には、100キロのクロカン・スキー大会があった。オリンピックでも最長は50キロ。べらぼうに長い。

但し、いろいろと注釈が必要。

100キロというのは駅伝の距離(最初にスキー場の周りで距離を調整する)、個人コースは85キロ。

また、クロカンのコースは基本、登り・下り・平地、3分の1ずつ。
オホーツクのコースは大雪山の麓から海に向かって、ほぼ全長下り。
だから距離の割には楽。トップクラスは4時間を切る。

それでも…
日本最長である凄いのである話のタネなのである。


クロカンの滑りはワックスで決まる。

当日の雪温を予想し、早朝から午後にかけて雪温が変わり、徐々にワックスがはげることを見越して、違う色のワックスを塗り重ねていく。

このワックスが的中すると、ストックの一漕ぎで、
ビュンッ!と進む。

クロカンスキーは細くて軽い。スキーを履いてもスニーカー程の重さしかない。
その分、安定しないからヨロケる。

最後の10キロは僅かに登り坂になる。
体力は尽き、ワックスははげて滑らない。
膝だけでウンショ、ウンショと滑る。
早朝にスタートして8時間、かがり火の中をゴールする。


汗は寒晒しで塩になり、顔中がザラザラする。

8時間も同じ動作を続けていると、頭がモウロウとしてくる。
もはや「何をやってるんだろう」と考えることもない。

翌日、膝は肉まんのようにプクプクに腫れ、眼は雪の反射でやられて白く霞んでいる。

この苦しさがたまらない。
マゾヒスト・ファイミルはこういうコトに生きてる実感を感じる。



結婚後も続けようとしたら、妻が運動オンチのくせに
「アンタばっかりズルい」と言い出し、スキーセットを買わされた。

妻とは旭川のバーサー大会に参加した。

どうせなら長いコースが得だとばかりに、20キロコースを申し込んだ。
所属団体を書く欄があったから『チーム・ファイミル』と書いた。

二人並んでゴールするのが理想だったが、あまりにもレベルが低かった。
滑れなくてペタペタ歩いてる。

結局、妻は数キロでギブアップして救護車で戻ってきた。
「身体の故障もないのにリタイアする人は珍しい」と言われたそうだ。




ゲレンデスキーは早くに捨てたのに、クロカンスキーは関西、東北と持ち歩いた。
使いもしないのに、なぜか捨てられない。

青春の形見、かな…





《おまけ》
リレハンメルオリンピックのノルディック複合団体、金メダルのシーンは、深夜リアルタイムで見た。

何しろ斜面を滑りながら登っていくのである。スキーは重力に従って下るものだと思ったら大間違い、クロカンは物理学を超越している。

当時は荻原健二と河野のダブルエース。
団体戦は3人なので年長の阿部が加わった。

優勝した時、エースの二人は阿部を肩車した。

地元の留萠(北海道)に幼い息子と残っていた阿部の奥さんは
「あの真ん中で肩車されているのがあなたのお父さんだよ」
とTVを指差して泣いていた。

試合前、河野は言っていた。
「個人戦ではライバルの健二を、団体戦では心から応援できる。だから団体戦が好きだ」

最高に爽やかな奴らだった。







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