まことの草の~宮沢賢治 | 空はどこから/猫の長靴

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日記は苦手だけど、何があって何を思ったのか、あんまり分からなくなるのもねぇ(´Д`)
だからちょっとだけ、記録を残します。

子どもの頃、とにかく『雨ニモマケズ』が好きだった。小学生で暗誦していた。

もっとも、岩手の小学校では普通に子どもたちに覚えさせるらしい。
良いことだね。
取り合えず頭に入れておけば、必要な時、言葉になって出てくる。

この詩、冒頭のリズム感はもちろん好きだけど、最後がイイ

誉められも苦にもされない
「デクノボー」

誉められても
「キット、オダテラレテルダケダ」
と疑う私としては、誉められないのはトモカクとして、
「苦ニサレナイ」は難しい。


岩手に移った時、「羅須地人協会」は当然、訪れるものと思っていた。

でも、なかなか行けなかった。
好き過ぎて行けないのである。

「下ノ畑二居リマス 賢治」
あの黒板、あれを見て何の感慨も起きなかったら、どうしよう…
マイナス思考だなぁ

そして、関東に引っ越すことが決まり、あわてて出かけることになる。


羅須地人協会は、賢治が農村に住み、自ら農業をやっていた時の住居。
賢治の趣味で珍しい名前がついているが、要するに一軒家だ。

今は花巻農業高校の敷地内に移築されている。
一度日曜日に行ったら入れなかった。
休みを取って再度出かけた。
引越しの数日前、ラストチャンスだった。




建物のカギは教務掛にあるという。
校舎に入ってその旨を伝えると
「はいっ」とカギを貸してくれた。
あまりの呆気なさに驚いた。
「賢治の家で悪いことをするヤツなんか、いないに極まってる」
そんな感じだった。


玄関に入ると、二階へ上がる階段があった。
「老朽化により立入禁止」と書いてある。
上がってみたい、とチラリ思った、上がらなかった、悪いことはしないことになっている。


リビングに入った。
良く写真で見ていた部屋だ。
真ん中に火鉢、質素な丸イスが数脚、そして大きな黒板…



賢治はここで、教え子や農民たちに新しい農業技術を教え、芸術(生きる喜び)を語り、レコードを聴いた。
そして、セロを弾いた…ゴーシュみたいに。

震えた。ついにここに来た、と思った。

ここに立つために、自分は岩手(イーハトーブ)に越してきたのだ。

小学生で『雨ニモマケズ』を知って、40年近く温めていた夢。
人生の目的の一つを果たしたような気がした。
…泣いた。



賢治は教師時代、教え子たちのために、歌を作った。
その歌は今も花巻農高で歌い継がれている。

学校の敷地内は、自然が豊かで川も流れていた。
生徒たちは健康的で、礼儀正しく、可愛かった。



その歌…
『精神歌』

♪日は君臨し 輝きは
 白金の雨 注ぎたり
 我等は黒き 土に伏し
 まことの草の 種まけり♪


そして私はこののち、
「まことの草」とは何か?

考え続けることとなる






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