第1話「東京のエルフのはなし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↑高耳神社のご神体(祭り神)

   特徴>エルフ/おたく/引きこもり

 

 

 

 

 

 

 

「みこよ・・みこよ・・・」

 

巫女はエルダに精霊を介して呼びつけられる。

 

 

 

 

 

 

 

「我にレッドブルを捧げよ」

 

つかみにやられたw 伏字とかパロディじゃなくふつうに実在の企業名で草

許可とれたってことなのかな。大人の関係論よくわかんないや

 

 

 

 

 

 

なおもこれ見よがしのレッドブル

主張が強いw すごい宣伝効果。次の日近所の自販機に走った。

 

 

 

 

 

 


第6話「Stand by Me」

 

スカイツリーでの神事。かつての親友、徳川家康公にゆかりある

富士山に向かって祈願をする。富士山の名前の由来に触れるエルダ。

 

「それからその山は、不老不死の山、不死山、富士山と呼ばれるようになったんだ」

 

 

 

小糸「エルダはたまに、こんな顔をして笑う。

         私はこの顔が、あまり好きじゃない。」

 

 

 

EDもいいんだ。「たまにするその顔。遠くにいってしまいそうでさ 好きじゃなかった」好きじゃない、それは分かる。だけど「遠くに行ってしまいそうで」というのはなかなかにハマる感じがある。こういうふわっと感覚的なのに芯を食う表現はどうすればどうすれば出来るようになりますか怒

 

エルフの一族は寿命がない。永久に生きる。好きな場所も人も思い出もすべて過ぎ去っていく。大切な人との別れはいつも見送る側。だから引きこもった。こんなに辛いなら最初から好きにならなければいい、という割とよくあるあれに似ている。

 

異種族間の交わりを描く系の日常アニメとして、定番のテーマ。こんな日々もいつまで続くか分からない。でも一緒に過ごす今がとても良い、みたいな

なんでもない日常の尊さをしみじみと伝えてくるやーつ。

 

このテーマがたびたび顔を出すが、山っぽいエピソードを終盤に持ってこないのがなんかよかった。特に問題は解決していないけど、ドラマティックではないけど続いてくのが日常なんやなって(すっとぼけ)

 

あと門ちゃん好き。こまちゃん好きくない。

 

 

 

 

 

 

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