Fagiale ~僕らの街には夢がある~ -35ページ目

子どもたちからのコール

5.20 セントラル中国戦


伊藤琢矢選手のゴールに、子ども達が歓喜した。


「イトーコーチ」

「コーチすげー」

「シゲコーチも頑張れ」




昨年には、聞こえてこなかった言葉たちである。



スクールに通う子どもたちだけでなく、サッカー教室で教えてもらった子どもたちも、応援している。



そして、5.20

子どもたちが恥ずかしそうにしてる大人に変わって叫びはじめた。




「ふぁーじあの」



その声に、大人たちは手拍子を始めた。








オカヤマの仲間

試合中、ある友人からメールがきた


「快挙だ」



何が快挙なのか。観客数でもない、点差でもない。




それは、メインスタンドから起きた拍手と手拍子、そしてファジアーノコールである。




試合後にも、選手に対して、鳴り止まない拍手と声援が飛んだ。「待ってました」のごとく、ゲート10のファジアーノコールに対して、手拍子していた。



僕は、涙がでてきそうだった。いや、うっすら浮かべていた。





昨年末、地域決勝に行った時にあるJリーグのクラブのサポーターが次のような事を言っていた。


「アウェーに行っても、一部のサポーターだけが騒いでいるクラブは、そんなに恐くない。本当に恐いと思うのは、新潟のようにスタジアム全体から応援が聞こえてくるようなクラブ。そういうクラブには、アウェーにきたということを実感させられる。」


僕は、友と共に、昨年末から今年にかけて仲間を増やすことを意識して話したり動いてきた。


仲間って何だろうと考えた時、声をだしたり手を叩いたり、踊ったりする仲間という意味合いを、どこかで昨年は、作っていた気がする。

昨年、声をだして踊って手を叩いて、泣いて・・・その中で得たものは大きいし、今でもそれに対して体がウズいているのがわかる。


ただ、今年に入り、観客全員に発信するMDPを書こうと思った時、雉未体験の人と話した時、ファジアーノを見始めた人と話した時、その人達の気持ちがわからなかった。

感性だとか、岡山のサッカーに初めて出会った感情も忘れていた気がする。


僕は地域のサッカー。すなわち、岡山のサッカーについて話せる仲間やファジアーノについて話せる仲間を求めたり作っていこうと、ブログやメールマガジンを今まで書いてきた。




共通のことを話したり語れる仲間といると楽しい。

観戦するにしても、練習を見にいくにしても同じである。

仲間がいるから、何でもない光景さえ楽しくなる。

苦しさや辛さを味わった日も、仲間がいたからこそ乗り越えられる。


そんな仲間が、もっともっと増えれば、岡山サッカーは強くなる。僕は、数年前そう思っていた。

ファジアーノについても、同じように、ファジアーノについて話せたりする仲間が増えれば、スタジアムの観客も増えたり、選手の力になると思った。

それは、猿会を作った理由の1つでもある。

先日あった天満屋のトークショーにしても約20人のうち半数以上が、猿会で繋がっている。


猿会で出会った人たち、ファジアーノサッカースクールの父兄さんたち、そういった人たちと話したり接したりする中で、仲間という本当の意味がわかった気がする。


今年、ファジアーノを違う角度から見たり考えたりしたいと思った。

その中で、ファジアーノに対する考え方が深くなった。



苦しんだり悲しんだり涙を流したのは、10番ゲートの仲間たちだけではなかった。

ファジアーノを支えたり、何かを創りあげていったり、ファジアーノを広めようとしていたのも、10番ゲートの仲間たちだけではなかった。

理由が何であれ、ファジアーノを応援したいという気持ちは皆同じだ。誰が優れているや勝っているなどはない。



メインスタンドで見た光景は、新鮮であったし、忘れていた感情が思い出された気がする。

10番ゲートは、とてもカッコヨカッタし、輝いていた。改めて最高の家族だと思う。

メインスタンドにいると、今のファジアーノがよくわかった。

観客層もそうであるし、ファジアーノに対する観客の気持ちが伝わってくるような気がした。

拍手や手拍子をしたいけど恥ずかしい人の気持ちがよく伝わってきた。フェアプレーやナイスプレーや選手交替に対して、拍手を始めればウェーブのように人から人へ伝わっていく。

ファジアーノというコールが少しずつ広まっていく。

全チャントに対して手拍子する年輩のおばちゃんがいた。

プライドを口ずさむ大学生がいた。

恥ずかしいにも関わらず、率先して拍手や手拍子する猿会の友タチがいた。

彼らは、立派に戦っていた。


ただし、これらは強制するものではない。サッカーは、本来自由であるべきであり、観戦の仕方も自由であるべきなのだ。

手拍子しないからファジアーノを応援してないわけでもない、声をだしてないから応援してないわけでもない。



今年末、昨年昇格していても味わえなかった喜びや感情が、沢山の仲間と味わえそうだ。


MDP、開幕号から同じような言葉をひたすら言ってきた。

その言葉が、少しずつ始まった気がする。

それは誰かが始めたわけでもなく、『オカヤマ』という目には見えない誇りがそうしているのだろう。



誰かでもなく、あなただけでもない。スタジアムにいる全ての仲間が選手を勇気づけるのである。

ファジアーノで繋がる仲間。その仲間たちと、JFLに行きたい。



MDPを見たんだろうと思われる人のブログで


岡山で一番『おかやま』を感じられる場所に変わった

と書かれていた。


岡山を感じることができる場所で、岡山の仲間と、岡山のチームを応援することは、幸せだ。


いつか、ファジアーノをロードへ

今季から、サポーター主導のもとに、『岡山駅前からスタジアムまで共に行こう』というイベントがおこなわれています。


岡山の各スタジアムは、駐車場が非常に少ないです。
そのために、車で行くと最悪駐車できず帰宅しなければならないか、有料駐車場に駐車しなければなりません。


多くの人にファジアーノを見てもらいたい。



声だしサポーターは、その想いのもとに、公共交通機関の利用を率先していくことにしました。



また、Jリーグのクラブがある街には、当たり前のように週末に見ることできる、次のようなも光景があります。

レプリカやタオルマフラーを身に付けた老若男女が、街中を歩いている姿。

スタジアムまで、そんな人達が連れなって歩いている姿。

ある人はチャントを口ずさみながら、

ある人は今日のスタメンや試合展開を語りながら、

ある人はスタジアムの開門までボールを蹴りながら・・・・。


それらの光景が、今まで岡山であったのは、「どこかの街の誰かのクラブ」が試合に来た時だけでした。



今年、そういった『サポーター文化』を根付かせるキッカケづくりをしていきたいと、ゲート10のサポーターは考えました。
そして、mixiやブログなどで呼び掛け、冒頭のことを始めました。

開幕戦は、本当に限られた顔見知りだけでした。

しかし、その人数は、試合ごとに増え続けています。

スクールに通う親子やメインで応援するサポーター・・・名前もどこの誰かも知らないファジアーノの仲間が、30分ぐらいの道を共に歩いていきます。

前方から見ると、その光景に胸がトキメクものがあります。

レプリカユニフォームやファジアーノTシャツを着ている姿で、ファジアーノを応援しているという絆みたいなものが生まれています。

西口で待ち合わせをしていると、試合運営を手伝いに行く高校生たちが「お疲れ様です。今日もがんばりましょう。」と声をかけてきてくれます。

「今日、サッカーの試合があるんじゃな」と言ってくる街の人もいました。



いつか、レプリカやタオルマフラーを身につけたサポーターが歩いていることが、当たり前になる日がくるでしょう。

それは、いつか憧れていた光景。でも、憧れを現実に変えるには、誰かが始めなければなりません。

誰が始めるのでしょうか?
一部のサポーターでしょうか?




ファジアーノマッチデープログラム 『憧れ』