少し先の話になりますが、タンジェントは大学及び大学院で監獄・刑務所の研究をすることとなります。
元々、アンダーグラウンドなことに興味のあったタンジェントでしたし、実は実家の近くに刑務所があったことから、必然的に監獄・刑務所に関心があったことがあります。
しかし、実は一番のきっかけは高校時代の経験が刑務所への研究へと向かわせることとなります。
なぜって!?だって、それは高校が刑務所、否、少年院みたいだったからです(笑)
誤解のないように言っておきますが、これはもちろん今の時代の話ではありませんし、今その高校は決して少年院ではないと…思います(笑)
それに、少年院のほうが確実に厳しい場のはずです。しかし、その高校は教師という名の刑務官たちが、まさに「刑務官の刑務官による刑務官のための自己満教育=自慰行為」を繰り広げていたと言っておきます。
私は正直、これまでの人生の中で中学時代のいわゆる「いじめ」が辛く厳しかったと認識していますし、あの中学時代だけには絶対に戻りたくもありません。しかしながら、学校というものに強く関心を持ち、そして学校、教育を変えたい!そう思えたのはこの高校という名の少年院での3年間の経験があったからでした。
タンジェントは、本当は進学したい高校がありました。しかし、最後の三者面談で最終成績が1足りないことがわかり、そこから急な進路変更を余儀なくされました。そして、考えていた「付属・共学」に合致する高校に進学をしました。
ここで、誤解のないようにしておきたいのが、決して少年院にいる刑務官はそこにいる生徒たちをいじめるため、悪人にするために存在していたわけではないということです。
しかし、私からみれば彼ら刑務官は恐ろしいほどの自己満足集団であり、自分たちのことを偉いと勘違いしていました。そして、何よりその生徒たちを自分の思い通りにすることに知らず知らずのうちに快感を覚えていたようでした。
「無知の知」という言葉がありますが、まさにその少年院の刑務官たちは、その無知さを知らない、ある意味天使のような集団だったんだと思います。そして、その刑務官に少しでも反発をすると、時代が時代ですから、体罰はもちろん、さまざまなやり方で妨害をしてきました。
そして、一番恐ろしいことは、そこに悪意がないということでした。
また、刑務官同士の仲も最悪でした。授業中には、他の刑務官の悪口は当たり前、まさに悪口=文化となっていました。
もちろん、中には素敵な刑務官もいました。いや、きちんとした先生も。しかし、そのきちんとした先生ほど悪口の対象になっていたには今でも残念で仕方がありません。
そんな少年院に3年間通う中で、タンジェントはそれら刑務官に屈服するわけにはいかないと、成績優秀、3年間皆勤を貫き、絶対に負けないことを誓いました。
そして何より、その少年院を変えるためにこの少年院に戻ってくる、自分の人生をその少年院で決意しました。
そこから、タンジェントの新たな戦いが始まります。親大学、そして希望の歴史学科(日本史)に進学を決め、「歴史」という武器をつかって、少年院を学校にするため、その目的を持って大学に進学をしました。
さて、そんなタンジェントの大学生活はどうだったのか!?