「あなたがやりたいことをやるなら、国立の大学院を目指しなさい」

 

タンジェントの大学時代の恩師に言われた言葉である。さて、私はいわゆる二流?三流?の私立大学出身である。

決して自分の大学のことを悪くいうつもりはないが、悲しいかな学歴社会の学校現場…そのような中、恩師は私にこういったのである。

では、タンジェントのやりたいことは何なのか?タンジェントには高校時代から変わらぬ目標があった。

①先生になりたい→いずれは校長に! ②先生になる人を育てたい→大学の教職課程に携わりたい! ③「学校をつくりたい」

 

③をするために、手段として①②があった。そして、この話をしたところ、学部卒ではダメ、また国立の大学院で本気で研究をしてこい!と言われたのである。

さて、そして受験勉強してどうにか合格できたタンジェントであったが、入学後真っ先にやるべきことがあった…それが“ダイエット”である(笑)

はじめての受験勉強で太りすぎ、身長約180㎝と大柄のタンジェントであるが、なんと体重が0.1トン、つまり100㎏近くいってしまったのである。

元々柔道部でありガタイも良いほうであったが、それでもだいたい80㎏前後を推移していたものが、ものすごい重さになってしまったのである。

そこから、ダイエットの日々が始まった。

ただ、タンジェントの進学した大学院は、現職の教員が再度勉強する指定校になっており、なんと同期20名くらいのうち、約半分が現職の先生方であった。しかも、現場から大学院に来られるような方なので、卒業して数年後してから気付いたのであるが、同期の現職の先生方はどなたもいわゆるスーパーティーチャーだったのである。そんなスーパーティーチャーの方々から、色々と教わりつつ、しかも陸上部の顧問の先生がふたりもいて、そのふたりからアドバイスも受けつつ、ダイエットは無事成功…否、成功しすぎて第1回東京マラソンに出場、3時間40分程度で走りきるくらいになってしまったのである。

そのようなわけで、ひとまず大学院進学後、半年程度で健康を取り戻したタンジェントであったが、学業のほうは正直苦労の連続であった。

まずは、学部卒のストレートマスターとして入学したものの、内部進学の学生さんとのいわゆる学力の差に驚き、しかもダメージを負っていった。正直、頭の回転が違う!これまでの勉強量が違う!もう、悔しくて仕方がなかった。

しかも、自分よりも遊んでいるようにみえる学生が、全然自分よりもしっかりしているし、そしてそういう人にバカにもされる…まぁ、辛かったですよね。でも、そんな時に助け励ましてくれる友人、特に現職の先生方から可愛がってもらい、なんとか鼻っ柱をほぼ毎日折られながらも日々が過ぎていった。

大学院1年目は、とにかく毎日が学びの連続であり、本当に自分が勉強してこなかったことを痛感しながらも、①先生になりたい!という第一の目標を達成するため、邁進していった。

しかし、大学院1年目も終わろうとしていた冬に、急に不安がこみ上げてきた。

このまま、自分は本当に先生になれるのか?そんな不安に襲われたタンジェントは、まさかの就職活動をすることとなった。

教育系や玩具系、その他知っている限りの大手企業や、地元の企業を中心にエントリーシートを書き、説明会に行き、面接も受けてみた。

まぁ、これも良い経験でしたけれどね。しかし、そんな矢先、冒頭で「あなたがやりたいことをやるなら、国立の大学院を目指しなさい」とたしなめてくれた恩師から、一本の電話が入った。そして、そこで就職活動をしている旨を伝えると…

 

「なにを馬鹿なことをしているんだ!君は何のために大学院に進学をしたんだ!!」と、一喝され、それであればとそれから数日後非常勤講師の紹介をしてくださることとなった。

そして、その際「タンジェントくん、君は石橋を叩いて渡るどころか叩きすぎて壊すか、むしろ一切渡らないではないか!」と言われ、まずは渡ってみることとなった。

そして、大学院2年目から、非常勤講師と大学院の二重生活がスタートすることとなる。

 

先にお話をしておくと、大学院のほうはなんとか2年で卒業をすることにはなる。正直、非常勤講師の生活に追われて、納得のいく、それどころかある意味お情けで卒業させてもらったような修士論文を書き残してしまった(指導教授の先生…本当にすみませんでした(泣))が、これもひとつの人生として前向きにとらえておきたい。

そして、大学院2年目からスタートしたこの非常勤講師の生活が、タンジェントの人生を大きく左右することとなる。

 

なぜって!?

だって、それはタンジェントが中学時代の卒業文集に残した将来の夢である“女子中・女子高”だったからである(笑)

タンジェントの女子中・女子高ライフ…次回つれづれなるままに書き連ねてみたいと思います。