こんにちは、タンジェントです。

 

さて、いよいよ「学校の本質」と題してつれづれなるままに未来志向で思いを書き連ねていこうと思います。

 

そんなタンジェントですが、そもそもなぜ教師を目指したのか?

 

はじまりは、小学校1、2年生の時でした。幼稚園、そして小学校低学年では身体も大きく、落ち着きもない、まさに手のかかる典型だったタンジェント。ケンカもしょっちゅうでした。そんな時に、小学校1,2年の担任の先生との出会いがタンジェントの人生を大きく変えました。

 

あまりに落ち着きがないタンジェントに、日記を課したのです。実はこれは最初はクラス全員だと思っていたのですが、そうではなくタンジェントのみ…それに気づいたのは小学校4年生頃になってからなんですけれどね(笑)

 

性格的に課されたものについてはやらなくてはいけない性格・・・毎日、毎日日記をつけていましたが、その担任の先生は毎日毎日コメントをくれました。その朱字のコメントを見るたびに、自分のこんな先生になりたいなぁという思いが芽生えてきました。

 

また、覚えているのは跳び箱指導・・・まぁタンジェントは身体が大きいわりに運動神経は皆無・・・どうにか運動能力だけで体育の時間を乗り切っているようなものでした。そして、跳び箱が全くできない。しかし、その担任の先生は跳べない生徒たちにつきっきりで遅くまで指導をしてくれて、なんと全員が跳べるようになったんです!

 

そして、ある意味一番の決め手がそんな先生との小学校1年生の最初の三者面談の時でした。タンジェントは元々左利きで、鉛筆もボールを投げることも、お箸も左でした。

ただ、その先生が三者面談の時に言ったんです。いまだに私も覚えています。

「この子はいずれ人前で話したりする先生のような仕事に就くと思います。どうしても、日本は右利き文化だから、鉛筆くらいは右になおすのはどうですか?」と。

きっと、この言葉が大きかったんでしょうね・・・。

 

まぁ、ここまで読んでくださったみなさんは、こういう素敵な先生に出会って教師を目指したんだと思うでしょう・・・もちろん、そうです。

ただ、批判的に言うのであれば、ある意味その先生の影響力をモロに受けていますし、無理に鉛筆の持ち方を矯正する必要はなかったのでは?その先生は時間外労働をしてまで生徒に付き合っているけれど、それはどうなの?日記をひとりだけって特別扱いなのでは?

こんな意見が出てきてもおかしくはないと思います。

当然、いま私自身が先生という同じ立場になって言えることは、その先生が全て「正しい」とは言いません。ただ、タンジェントにとって間違いなく大きな影響を与えた人物であることは間違いありません。

 

この先生との出会いが私を「先生」という職業に就かせるスタートラインにつかせたということは間違いありません。

幼稚園の時には仮面ライダーになりたかったタンジェントが(笑)、先生に・・・しかし、あくまでこの出会いは第一歩にすぎません。

この後、中学校・高校・そして大学とまた新たな出会いや出来事があり、「先生」という職業への思いは強くなってゆきます。

 

さて、次回は中学校編をお送りしたいと思います。テーマは・・・“いじめ”です。