日本におけるピアノ教育の歴史
ピアノは江戸後期の1823年、「シーボルト事件」で知られる、
ドイツ人医師 シーボルトによって初めて日本に持ち込まれました。
幕末以降は、居留地の外国人に向けて日本に輸入、販売されるようになり、
1879年から日本の海軍軍楽隊などでピアノの学習がはじまります。
そして1897年には、医療器械師兼時計師の山葉寅楠(とらくす)が
創業したオルガン製造所が元となり、
ヤマハの前身である「日本楽器製造株式会社」が誕生しています。
ちなみに国産ピアノ第一号とされているのは、
1900年に完成したヤマハのアップライトピアノです。
当時は良いところのお嬢さんの習い事にとどまっていました。
19世紀のフランスやアメリカでは、
ピアノはブルジョワのお嬢さんの花嫁修業のための習い事という
ステイタスが確立していたのです。
日本でピアノが一般的になじみのある楽器になったのは、
第二次世界大戦後になってからです。
私たちにとっては音楽の授業で楽器に触れたり
五線譜を読んだりすることは当たり前のように感じるかもしれませんが、
たとえば、欧米の小学校ではピアノをはじめとする
楽器に触れる教育は行われておらず、
五線譜を読めない人がたくさんいます。
そのことを考えると、日本の学校教育には昔からピアノ(鍵盤)を
身近に感じる素地があったのです!
経済成長による所得の増加と学習指導要領、
そして音楽教室の普及が、今日まで続く
「習い事としてのピアノ」の一般化を実現させたといえます。
ほとんどの日本人が、学校の音楽の授業でクラシックに触れていますよね。
小学校の間はわらべ歌や童謡が多いものの、
中学校、高校に入ると、オペラ鑑賞も登場します。
最近ではポップスの歌も扱っていますが、
これはさまざまなジャンルの音楽をバランスよく
学習させる傾向のためでしょう。
新しい音楽との出会いが設けられているわけです。
学習指導要領によると、教科の目標は「表現及び鑑賞の活動を通して,
音楽を愛好する心情と音楽に対する感性を育てるとともに,
音楽活動の基礎的な能力を培い,豊かな情操を養う。」となっています。
このような制度は、日本の教育水準が世界に誇る、
高い充実した位置にあることを裏付けるもので、日本の誇りですね!

