「こんばんは王妃様。もしかして眠れないのですか?安眠できるお香でもご用意しましょうか」
気安い口調で話し掛けながらこちらにやって来た彼をまじまじと見返した私は否と首を振った。
「たまには夜更かしも悪くないですからお構いなくくださると嬉しいわ」
あのまま眠ってしまえば気づいたら朝になって、いつの間にか戻ったライザール様は何事もなかったかのように微笑まれるのだろうから。なんだかそれは嫌だった。もし今ライザール様がお戻りになられたら私の不在が知れてひどく気まずいことになるのに、ただ大人しく彼を待つことが耐えがたかったのだ。
そんなことをしていたらいつか壊れてしまう予感がした。だから今は眠る気になれなかった。
「なるほどでは少しだけお付き合いしましょう。よろしいでしょう?」
一人でいたかったわけではないし断わる理由はなかったから頷き返す。
それから宮殿の一角にある彼の住処へと誘われて振舞われた絶妙なブレンドのハーブティーを飲みながら彼の語る話に耳を傾けることになった。どうやら語り部としての才能もあるようだ。
穏やかな声で紡がれるのはハレムに伝わるロマンティックな伝承だった。王の後宮に侍る宮女と小さな王子の恋物語だった。
宮女は美しかったが許されぬ恋に惑い苦しむこととなった。王と王子の仲も険悪になってしまったとなれば無理もない。
なんだか身につまされてしまう気がした。恋心ほどままならないものはないからだ。