「よく言ったね、君の気持ちは確かに受け止めたよ。こちらにおいで」
促されるまま私は店主様と向かい合うと目を閉じた。やがて額に店主様の掌がそっとあてがわれたかと思うと、ツキリとした痛みと共に立ち眩みがした瞬間、硬く閉ざされていた記憶の扉いた。
これまでずっと砂嵐で見えなかった向こう側が徐々に鮮明になってゆくたび私の中にいくつもの記憶が取り戻されていくのがわかった。
ああ・・たくさんの思い出が私を満たしていく・・それは私を長年苦しめてきた欠落を補ってくれるまさに大切な宝物だった。
古い記憶は確かに風化していくものだけど、時には鮮明によみがえることだってあるわ。
――ルト!!
貴方の笑顔大好きだった!
そしてなによりも大切だった「ルト」のことも・・私は全てを思い出すことができた。
私がまだ少女だった頃、砂漠で出会った青年がルトだった。たった一カ月だったが私達はまるで兄妹のように身を寄せ合い砂漠の洞窟で過ごしたのだ。
あの頃ルトは砂漠の洞窟を根城にしているアウトローだったが、私のことは大切にしてくれていつも気にかけていてくれたわ。
だけど店主様の下から逃げ出した私は常になにかに怯えていた。いつかきっと見つかって連れ戻されてしまうと恐れながらルトとの束の間の平穏を謳歌していたのだ。
思えば陰気で手のかかる子だったかもしれない。それでも兄のように頼もしいルトは忍耐強く私を見守ってくれていた。けっして見返りを求めないそんな彼の愛情が嬉しくて、眩しくて私にとってルトはいつしか憧れになっていた。
あの頃は確かに絆があったと思う。けれどルトの留守中に店主様が来て私はふたたび連れ戻されてしまったのだ。店主様はルトに危害は加えないと約束してくれたけれど、私はどこかでもう二度と彼に会うことはできないのだと理解していた。
だから大人になって男女でかわされる秘め事を知ってしまい絶望してしまった。
これから幾人もの男達を誘惑しなければならない私ではもうルトを愛する資格なんてないと思ったから、店主様に暗示をかけてもらい忘れることしかできなかった。
忘れるのはとても辛かったけど、そうすればルトへのピュアな想いだけは守れると思ったのだ。