「気ぃつけて行けよ」
なにせこの霧だ、おおまかな場所を目当てに進むには困難だったが諦めるわけにもいかなかった。
途中で遭難しても連絡手段がないのは我ながら不安でしかたなかった。
「大丈夫・・・刹那君、後は任せたわよ」
そう言って数歩進んだ時だった。カラカラと乾いた音がした。
視界は相変わらず不明瞭だったが、周囲を窺っていた私の足元、ライトで照らされた先に石が転がっていた。中には拳大のものもありどちらかというと岩だ。
嫌な予感がして顔をあげた私のすぐ左手でガラガラと何かが崩れる音がした。
「崖崩れだ!!走れ!!紗希!!」
その瞬間、刹那君に手を掴まれたと思うと引っ張られるように駆けだしていた。
混乱する思考のまま夢中で駆け抜けた背後で轟音が響き渡った。
視界を霧で覆われた中全力疾走するのは想像以上の恐怖だった。
先ほどまで立っていた場所で崖崩れが起きたのは明白だった。
もし少しでも逃げるのが遅かったら巻き添えになっていただろう。
荒い息が整う頃になりやっと武田夫妻の存在を思い出しても手遅れだった。
「無理だ・・・残念だが先に進むしかねえ」
刹那君の言い分が正しい。崖の途中で木に引っかかっていた軽自動車がどうなったかなどと考えなくてもわかった。
スマホも使えず救援は呼べず、道も完全に分断されてしまった以上、夫妻の安否も含めて確認するために戻ることはできそうになかった。