やがて霧の中から背の小さな老婆が姿を現した。
どんな怪物が出てくるのかと息を飲んでいた分安堵は大きかった。
どうもいけない、非常識な事態に慣れ過ぎてしまった自分に苦笑しながら老婆を見ていると、男の子が私の脇を駆け抜け「おばあちゃん!」と老婆にとびついた。
ではこの老婆が「おばあちゃん」なのかと納得しながら様子を窺うことにした。
太郎君の懐いている様子からも老婆と太郎君の関係は良好なようだ。
「失礼ですが・・この武田家と関りがある方ですか?」
問うと老婆は静かに頷いた。
そして静かに祖母の「トミ」です・・と答える。夫の母親だということだった。
どうやらやっと事情を話せる保護者に出会えたようだが、気まずさが変わったわけではなかった。
老いて後に息子に先立たれるなど聞きたいはずもなかった。
するとトミは何事かを察したのか「どうぞ・・おあがりください」と言った。
先に家の中に戻ってゆく祖母と孫を玄関先で見届けた後、ふと疑問が生じた。
すくなくとも先ほど会った武田氏から祖母の話はでなかったことに違和感が生じたからだ。
もちろん事故直後だったし頭を打ち混乱していたのかもしれない。
前後不覚になってしまうということはあり得た。
脳の機能は時にはおもいがけない行動をとらせることがあるからだ。
トミは背後から現れた。もしかしたら帰りの遅い息子夫婦を心配して様子を見に行ったのかもしれない。
――!
そこで気づく、ここまで来る間誰ともすれ違わなかった。
なんだか腑に落ちないものを感じながら私は孫に微笑みかける老婆の小さな背を見つめた。