「紗希・・ここが例の場所かはわからねえが・・とりあえず確かめてみようぜ」
刹那君の言うとおりだった。
「お邪魔します」そう言うつもりだったのに・・
気づいたら私は「ただいま」と言っていた。
同じくして冷気が頬をかすめていく。
疲れているのかもしれない・・ささいな言い間違えだったがギョッとしてこちらを見た刹那君にも「間違えたわ」と曖昧に返すことしかできなかった。
だが玄関をくぐりたたきで底がすり減ったローヒールを脱ぎ、上がり框で揃える間もずっと言葉とは裏腹に奇妙なほど帰ってきたという安堵を感じていた。
今度こそ「お邪魔します」と一声かけ私と刹那君は武田家に上がり込んだ。
トミさんはどこかと探しながらも室内の様子を窺う。
築何年かはわからないが随分古びた印象の家だった。
掃除は行き届いている。
「刑事さん・・こちらへどうぞ」
トミの声を頼りに廊下を進みながらそういえば刑事と明かしただろうか?とふと思う。近所の評判にも関わる為老婆の正体が判明するまであえて先ほどは刑事と名乗らなかった。
太郎君には名乗ったからあの子から聞いたのだとすれば腑に落ちる。
いつになく過敏になってしまったかもしれない。
この家が「迷い家」だと感じる一方でただの民家だという可能性も捨てきれなかった。
ひとたび怪異の領域に入ってしまえば後は手探りで進むしかない。
島だと思っていたら大きなクジラの背に乗っていたなんてこともあり得るのだ。
だがそう思うのになんだか奇妙なほどこの家は居心地が良くて
温もりに満ちており危機感が薄らいでしまいそうになるのだった。