【北條紗希】
では改めて考えてみよう・・
先ほど如月先生は死霊についても言及していた。
確かに古来から死霊にとりつかれた人間の末路を描いた作品は多い
有名なところでは「三遊亭圓朝」の「牡丹灯籠」や「上田秋成」の「雨月物語」に収録された「吉備津の釜」だろうか・・
牡丹灯籠は思慕のために、吉備津の釜は深い恨みによる死者の執着が生者の命を脅かす一方抗えない官能が描かれた作品だった。
だが少なくとも佐久葉子は死人ではないのだ。
では生霊だろうか・・・?
しかし、過去にも亡くなったはずの者が怪異により凶行に走った事件に遭遇してきただけにあながちないとは言い切れなかった。
とうに亡くなっていたのに執拗に片思いの男に付きまとった「隙間女」に私が狙われたのは紛れもない事実だった。
あれはけっして気のせいなどではない。
首に残された蝶の痣が消えるまで数週間かかった。
なによりも鼻が利く如月先生の見立てという根拠は立派な根拠になり得た。
「死霊というのはどんなものですか?」
確認のために聞いてみたところ、如月先生はあっさりと言った。
「それはもちろん亡くなった方の霊よ。刹那君の背におぶさるような影が見えたから間違いないわよ」
怖いこと言わないでほしい・・![]()
だがそれが本当ならばやはり刹那君は死霊にとりつかれているのかもしれない。