【愛染刹那】
「俺があんたになにかしたかよ・・それともあんたが俺にか?」
心当たりは一つしかなかったからカマをかける。
しかしそれには答えずに葉子さんは続ける。
「夫があんなことになってしまってから私はずっと一人でした。いくらお金があったとしてもあの人を目覚めさせることはできなかった。でもお金がなければあの人の延命もできなかった・・」
葉子さんの言葉を額面通りに受け取るならば、理解はできた。
やはり葉子さんは善一を愛しているのだろう。
だから迷わずに俺は答える。
「旦那さんを愛しているんだな・・・」
すると葉子さんはそっと微笑んだ。
「いつか夫が目を覚ましてくれる・・それだけが願いでした。
でも・・・」
静かだったが時おり声を震わせる葉子さんの気持ちが痛いほどわかるつもりだ。
両親を亡くしてからすっかり人間不信になり素行が荒れていた俺を更生させてくれたおやっさんも失ったからな。
だから辛うじて生きていてくれるだけでもと藁にも縋る思いだったのだろう。
しかしそこで声を詰まらせた葉子さんにふと間が出来てしまう。
万感の想いがあるのだろう。安易に「わかる」とは言えなかった。
俺は介護の大変さや家族が抱えた希望や絶望、その苦悩を知っているわけではないからだ。
ひたすら夫の全開を信じてその日が来ることを待つだけの日々がいかに辛いのか想像に難くない。