本名を捨て偽名のレイラのままライザール様の妻になったことに後悔はなかった。
だけど気がかりがないわけじゃなかった。
それは・・ジェミルのこと・・
あの日のことは今でも覚えている。私はまだライザール様の婚約者だった。
かねてから私が密偵ではないかと疑うライザール様の詮議を寝台の上で受けていた時のことだった。
感じたのは屈辱と羞恥だけじゃなかった。
ライザール様の手管に翻弄されてしまったふがいない私を見かねたジェミルが彼を襲撃したのだ。
大切な弟のジェミルが慕う方を殺めようとしているそのショッキングな光景を目の当たりにしてしまい気づいたら悲鳴をあげてしまった。
どちらにも傷ついて欲しくなかったからよ。
だけど本当のことなんて言えるはずない。
なんとかしてジェミルに思いとどまって欲しかったから悲鳴をあげた。
ううん・・・あの時はそこまで冷静だったわけじゃない。
ただ本能のまま私は私にできることをしただけ・・
私の反応に驚いたのはジェミルの方だったのかもしれない。
微かな舌打ちだけを残して彼は身をひるがえして夜陰に乗じて足音もなく去った。
咳き込みながらもライザール様はすぐに追撃されたのだけど、
指笛を吹きカルゥを呼び出すことも忘れなかった。
「カルゥお前は彼女と共にいてやれ・・・」
そう言い置くと私とカルゥをその場に残したまま出て行ってしまった。
今にして思えば私と襲撃者の共謀を疑っておられたライザール様はあえて私を置き去り、暗殺者と接触することを見越してカルゥを残されたのだろう・・
もし最初からカルゥがいれば襲撃自体起きなかったのだとしたら・・
危うい立場だった私がジェミルを呼び寄せてしまった。