それに彼女が私に抱かれたのはなにも店主のためだけというわけでもなかったようだ。

 

密偵としてはひどく冷静だったが「女」としては迸る情熱を秘めていたのは幸いだった。

 

血の鮮度を保つためにさっさと帰ってしまうシリーンのつれない態度に辟易していた私だが、彼女ともう少しいたいと願っていることを自覚してからは駆け引きを楽しむことにした。

 

誘惑が得意なのは彼女だけではない。惚れた女を満足させるのも男の務めだ。

 

いまだにシェーラに刃を突き立てられた悪夢を見ていたし、女と同衾するなどもってのほかだったのに、抱き心地の良いシリーンと共に眠ることが安息のひと時となっていたのだ。

 

私の隣で無防備に眠る彼女は真に無害な女に見えたし、それは勘違いではなかった。彼女が熟睡できるのは私への信頼があるからだ。

 

添い寝する時は常に化粧をしたままだったが、ルーガンに迎えに行った時彼女は化粧をしていなかったし、シャナーサに戻る途中馬車の中で初めてすっぴんの寝顔を見たがあれはあれで感じ入ったぞ。私の肩にもたれかかり眠るシリーンは愛らしい女だった。

 

シリーンがいたから私はあの悪夢をいつしか見なくなっていた。

彼女が私をけっして裏切らないと確信があったわけじゃない。

 

だが彼女は情の深い女だし、信頼関係を築くことのできる女でもあった。

 

そう・・私は彼女を信じることにした。不安があったとしてもな。

どれだけ願っても心に副えないこともあるが、それでも私はシリーンを信じたかった。

 

我ながら青臭いことこの上ないな・・自分でもこんな情熱が残っていたとは本当に驚きだ。

 

互いに恋愛初心者だったから少しづつ歩み寄ることもができたのかもしれないな。

 

私達は確かに互いの心を欲していたのだ。

 

シリーンのような女はこの国では珍しいが、どうやらフレイン帝国出身の店主の影響が大きいようだ。

 

あの忌まわしいタトゥーをコントロールする術を習得させる方法を伝授したのは店主だった。

 

恋愛をすることでシリーンは己の欲を知り、己の欲望を抑える術を身に着けることが出来るらしい。だがそれには経験値をあげるしかない。

 

本気の恋は避け心は絶対に渡さない大人の駆け引きの連続だったようだ。

 

失恋の痛みを知ることもなく彼女は男達を翻弄したが、店主のためと自分のために私の愛を望むようになった。

 

私利私欲でありながらその想いは限りなく純粋なものだったからこそ私の心に響いた。