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思えばあれが初めて密偵としての体験だった。
「そこの娘、なかなか美味そうなオレンジだ。どれ・・ひとつもらおうか」
今でも思い出せるわ。そう言って爽やかに微笑んだ貴方の笑顔。
今よりずっと若かったわね、お互い。
だけど貴方は私に見向きもなさらなかったしすぐに去ってしまった。
オレンジの代金を渡す貴方の手と私の手が触れ合った瞬間、電流が流れたような心地がした。
思えばあの時からずっと貴方は私の憧れだった。
「そうだったのか。縁は異なものだ。あの当時私は父の仕事を補佐する傍ら民の暮らしぶりを学ぶためによく市井を訪れていた。我が国の領土で採れる特産品は全てあのバザールに集まるからな。
だからよく侍従に内緒で買い食いをしていたんだ。しかしまさかお前がオレンジ売りの娘とはな・・さぞ美しかったことだろう」
それには答えずに微笑みで返した私は続けた。
「貴方を振り向かせることは今の私では無理なんだって思い知らされましたから。だから女を磨くことにしたんですわ。貴方もご存じのとおり私はこのタトゥーの呪縛から逃れる術を探してましたし、恩義のある店主様に報いるためにも王族の血を欲してた。そんな私の事情を承知で貴方は私を受け入れてくださったでしょう?とても嬉しかったし感謝してもしたりませんわ」
