「貴方ならきっとそう言ってくださるって思ってたわ。・・・ふふ、嬉しい。約束よ、ライザール様、きっと私を探しに来てくださいね」
一国の王を試すとはまったくたいした女だ。
だが・・何があろうと逃げることは許されない立場の私に代わり彼女は私の元から去ろうとしているのだと思えてならなかった。
真剣だからこそ冷却期間を設けたいのだとしたら「逃げたいのだ」と正直に告げた彼女の気持ちを汲んでやりたかった。
今宵のシリーンの唇はいつものコーラルレッドではない。
彼女が私に託した赤い糸に見立てた例の口紅はまだ持っていた。
まるで青い薔薇の蕾のような色味の唇にそっと口づける。
彼女がキスを受け入れるように目を閉じたのを薄目で確認してから私も目を閉じる。
柔らかでふっくらとした唇の感触に愛しさが募る。
いつだったか火遊びした男達にも唇だけは許さなかったとシリーンは告白した。
キスは恋の魔法に落ちる特別なものだから店主にキスを禁じられたそうだ。
不思議な女だ。処世術にたけ男をあしらうのも上手いのにあの店主の言葉には素直に従うところがある。
身寄りがない彼女にとってあの男は親同然だからなのか、それともあの店主はシリーンの願望を見抜いているとでもいうのだろうか?
女を磨くために幾多の男達と一夜の戯れを楽しんだ彼女だが、
彼女の秘めた情熱を受け止めるに足る男達は皆無だったという。
男達にとって一夜限りの女に過ぎなかったし彼女もまた男に望まれる姿で彼らの求めに応じたにすぎないのだ。
あまりにも脆くあまりにも儚い初心な心と裏腹に熟れて熱を発する身体で欲望だけを享受してきた彼女が私と出会ってしまった。
望むのは欲望か愛か、そしてどちらを彼女に与えるべきか私だって考えたさ。
かつて初めて彼女にキスした時、躊躇いながらもシリーンは私に許してくれた。
だからこそこれはけっして別れのキスではなく、また再会するための約束のキスだ・・
唇を甘噛み、より深く絡め合うとシリーンは頬を上気させた。
私に身も心も許しキスに酔いしれる無防備なシリーンは可愛い女だと思う。
疑り深い私だがたまには「女」を信じるとしよう。いや、お前だからこそ信じたい。
「ああ‥約束だ、シリーン。だから楽しみに待っているがいい」
去った彼女が私を待っていてくれるのかはわからない。
だがもし願いが叶ったら私は必ずお前を妻に迎えてみせる。
そしてそれが私達の幸せにつながるのだと信じよう。
終