私が案内されたのは安土城の天守閣だった。

薙刀はこの場所では振るえないし、入室前に預けてしまった。

 

天守閣内の茶室で待たされることしばし、やがて織田信長その人が姿を現した。

 

側仕えの小姓に刀を渡すと、彼は無言で茶を立ててこちらへと寄越した。

 

えっとお茶の作法は・・・大丈夫やれるわ!

 

よどみなく作法にのっとり茶をいただく私を父上は静かに見ていた。

 

「ふ、気に入ったぞ。これは南蛮人から手に入れた金平糖だ。食すがいい」

 

先ほど怨霊と戦った後だけにありがたかった。

 

「いただきます」

 

――まだお若いけど確かに父上だわ

 

そう思えばちょっと涙腺が緩みそうになってしまう。だけど奥歯を噛みしめてぐっと我慢した。

 

いずれ来る死を知らない方がいい。たとえ本能寺の変が起きてしまうのだとしても父上が偉大な施政者だったことに変わりはないし、これからも偉業を成し遂げるだろうことは歴史が証明していた。

 

父上は強い方、きっとご自分の天命を全うされるだろう。

 

やがて腹に響くような力強い声で父上は語りだした。

 

「清浄な神気をまとったそなたは確かに白龍の神子に違いない。私が織田信長である。私に申し立てたいことがあるならば聞こう。だがまずはそなたの名前はなんと申す」

 

 

力強く有無を言わさぬまさに王者の風格だった。

 

弱い者を厭い能力主義な父上に認めていただくのは生半可のことではなかったが諦めるわけにはいかなかった。

 

「私は織田なお、貴方の娘です」

 

周囲は人払いされていたから堂々と名乗りを上げる。小姓の少年は動揺を一瞬で押し隠してしまった。

 

「ふふ・・はははは、なるほど。笑止千万片腹痛いといいたいところだが、確かにそなたの顔は我が織田家の者に違いあるまい。なによりもそなたには私の面影が色濃くでている。よい、気に入ったぞ「なお」とやら。もし私に娘が生まれたらそなたの名をつけるとしよう」

 

 

「信じていただけるのですか」

 

こんな荒唐無稽な話をすんなり信じてもらえるなんて思わなかった。

 

「ああ、無論だ。龍神の神子は異なる世界からこの世に召喚されると聞くが、この世で神子に選ばれる者もいる。神子は八葉と呼ばれる八人の男(おのこ)を従え怨霊を封印し龍脈を正すと。そして白龍の逆鱗を持ち自在に時を駆けるのだという・・それがまだ見ぬ我が娘であっても不思議はない。」

 

「神子の私物をこれへ!」

 

父上の命に従い小姓がこちらへと朱塗りの膳に乗せた私の私物をそっと差し出した。

 

そこには父上からいただいた私の守り刀はもちろん、白龍の逆鱗も、鏡の縁結びのお守りも並んでいた。