「もういいわ・・」

 

本当はすがりついて泣き崩れたかったけれど残った矜持がそれを許さない。

 

みじめな女にだけはなりたくなかった。

 

彼の腕から逃れるように振りほどきライザール様の寝台を降りると背中に諦念を滲ませた声がかかった。

 

「すまない・・シリーン」

 

貴方の謝罪なんて聞きたくない

 

愛してもいないジェミルと結婚したって幸せになれるわけなかった。

 

カマルしか知らずに暗殺者だった彼に王が務まるとも思えない。

それは私も同じだったが他の女を知らないからこその憧れでしかないという気持ちも拭えなかった。

 

そもそも身分差があり結婚ができないのならばジェミルだって大差ないはず。

 

結局貴方は私が重荷なのね・・・

 

懐かしさのあまり王が戯れに手折った野に咲く花の名残でしかない。

 

――さようならルト

 

心の中で最愛の方と決別する。

 

秘密を知った私をライザール様が生かしておくかはわからなかった。

 

でももうこのまま王宮にいることはできなかった。

ここに私の居場所は初めからなかったのだ。

 

荷物を簡単にまとめた後、人目を盗むように王宮を脱出した。

 

これからどこに行こうかしら・・

 

店主様とは決別してしまったからもうカマルには戻れなかった。

 

あらためて居場所を失ってしまったことを痛感してしまう。

もう密偵に戻ることもないだろうが、一人になりたかった。

 

そうだわ!あそこならしばらくでも一人になれるかも・・

 

開門の時間を待ちバザールで必要なものをそろえた後、わずかな望みを託して一路砂漠を目指した。