そんな微妙な女心を抱いたままハサン様の後についていく道すがら彼が言った。

 

「貴女は本当に不思議な方ですね・・密偵としてのあざとさと初心な小娘のような葛藤を抱えておられるようだ・・どちらが本当の貴女なのか私にはわかりません。・・・王もそうなのかな」

 

私に話しかけていたと思ったが最後はむしろ独り言のようだった。

 

それは私自身が一番知りたいことだわ。

自分でも測りかねる欲望を他人が見極めるのは難しいのは当然だった。

 

孤高の王に対する愛は確かに心のうちに芽生えていたけれど

まだ私の心を渡せるほどではなかった。

 

だって密偵は天職ですもの。簡単に割り切れるはずがない。

 

ライザール様の命が脅かされたのだと知った時は恐怖で身がすくんでしまった。

 

だって彼はこの不平等なシャナーサ国の希望の光で、信頼のおける統治者だった。

 

男としても滅多にない美と権力と金が揃った魅力的ないいオトコだった。味わわないで失うのは惜しいでしょう?王族の男としても品性含めて上等な部類よ。

 

それになによりも私自身が「失いたくない」と思ったのだ。

 

けれどどれだけ心配であっても今の私ではこれ以上彼の傍に近づくことさえ困難だった。

 

それだけの溝が確実に私達の間には横たわっていた。

 

けれど女の密偵としての切り札である「誘惑」ができればその距離を飛躍的に縮めることが可能かもしれないわ。

 

やはり・・仕掛けるしかないわね

 

もうレイラ様の振りをする必要もないのは助かったわ・・可能ならばライザール様とは仕事抜きで真剣に向き合ってみたかった。

 

王は自室におられた。

 

 

寝台の上に足を投げ出し身を起こしたライザール様がジロリと私を見る。

 

見ると二の腕から血が溢れていた。

 

――怪我をされたのね。でも命に別状はないようで良かったわ

 

暗殺未遂騒ぎが日常茶飯事な方だけに心が折れることもないだろう。

 

 

手当はまだらしく専属の医師の姿はまだなかった。

夜中だから往診に時間を要しているのかもしれないわね。