もちろん貧民の子が失踪したところでこの国の貴族達が気にかけるわけもなかったが、口汚くトイをののしる貴族を黙らせたのはやはりライザール様だった。

 

そして兵士にトイを無事送るよう無言の圧までかけるほどの用心深さだった。

 

威圧的な身分の高い者には平身低頭だが、ことさら身分の低い者にはそのストレスをぶつけるかのように苛烈な仕打ちをする者が多いからだろう。

 

ああ・・でも待って。傷は男の勲章とかいうのはなしよ・・

 

「待って・・・貴方私と一緒にいらっしゃい・・」

 

出遅れてしまったけれど、少しだけでも償いをさせてちょうだい。

 

衛兵の許可は取らずにトイの手を取ると繋いだままライザール様に声をかけた。

 

「私庶民に興味がありますの!せっかくですからお話したいわ。さあ行きましょう」

 

有無を言わさずにトイの手を引くとその場から足早に立ち去る私の背にライザール様の視線が突き刺さる。

 

その視線から逃れるようになんとか私室まで戻った私は、部屋に置いてあった救急キットから消毒薬や軟膏を取り出した。

 

寝台に腰をかけさせ傷の具合を確かめる。

 

トイは私が貴族の姫だと思っているから、手ずから手当することにかなり驚いたようだった。

 

「ほら、じっとして・・・痛くないから。ちゃんと手当をさせてちょうだい」

 

姉の様に言い聞かせるとやがてトイは大人しくなった。

 

「姉ちゃん・・変わってるよな。俺みたいな貧民のガキの世話するなんて・・」

 

まあもっともな意見ね。でもなんかジェミルの子供の頃を思い出しちゃったのよね。

 

あの子もしょっちゅうケンカしては傷だらけで帰ってきた。

泣いたことは一度もなかたけどね・・・

 

特異体質なことを揶揄うなんて子供って残酷だわ・・

 

「はい、終わり。我慢強くて偉かったわ・・」

 

子供は褒めて伸ばさないとね・・

 

するとトイは照れたように言った。

 

「・・ありがと・・姉ちゃん良い匂いする・・俺の姉ちゃんみたいだ」

 

なんか通じ合うものがあると思ったら私にはジェミルがトイにはアスラという姉がいるらしい。