初めて触れた彼の唇の感触は・・・しっとりとして肉感的だった。

 

大抵の女ならば恋に落ちてしまっただろうが、私を見上げる彼の眼差しはまさに猛禽のごときものだった。

 

 

射すくめられて素肌がゾクリと粟立つ心地だった。

 

けれど反発は感じない。望むところだったからだ。

最初は気乗りしなかった成りすましだったけれど久々にやりごたえ十分の仕事だった。

 

唇の感触が残る手の甲を握り締め、羞恥に震える顔を見せた後、その場を立ち去ろうとした時だった。

 

騒ぎが起きたのは・・・

 

今度は何事!?

 

真っ先に動かれたのはやはりライザール様だった。

お客様の相手をするべきかもしれないけれど、私も彼の後を追う。

 

だってそうでしょう?今回攻略しなければならないのはライザール様なんですもの。

 

まだ彼の全てを見たわけではないし情報は多いにこしたことはなかった。

 

争う音がしたのは門の方だった。

 

ライザール様とほぼ同時に駆けつけた私の眼前に繰り広げられたのはまさにこの国の暗部だった。

 

登場人物は二人、一人は門を警備する衛兵、そしてその男に殴られているのは年端もいかない少年だった。

 

おそらく年のころは10歳前後だろうか・・

 

後に少年、トイが12歳だとわかったけれど、年より幼く見えたのは栄養不良のせいだった。

 

 

彼は孤児であった。それもまたこの国ではよくあることだった。

 

かくいう私もかつてそんな孤児の一人だった。

そんな私に手を差し伸べてくださったのが店主様だった。

 

大の大人なのに冷たい手をされて「孤独」を恐れる彼の寂しさを少しでも埋めてあげたくて温もりをわけてあげたくて私は彼の手を取った。

 

――もう一人じゃないよ・・ずっと傍にいるから――

 

それは幼い頃の私の声だった。

私は店主様のために尽くし店主様は私に「居る場所」と「家族」を与えてくださった。

 

もしあのままあの場所にいたら、夜の花になっていたか飢え死にしていただろう。

 

けれど店主様は私に知識を与えてくださりやりがいのある仕事もくださった。

 

感謝してもし足りなかった。

 

後にライザール様は男と関係を持つことを仕向けた店主様に苛立ちを露わにされたけれど・・それは惚れた男の嫉妬もあると思う。

 

店主様は私にとって大切な方だし強要されたわけでもない。

私が役に立ちたかっただけだ・・・

 

確かに店主様は秘密を抱えた方だったけれど・・

私に示してくださった愛は決して偽りではなかったわ。