案の定抱き上げても彼女は起きずに、無事寝台に運ぶことができた。

 

天蓋付きのベッドの中で眠る美女の寝顔は穏やかで、意志の強い瞳を閉じているせいかあどけないものだった。

 

だが女の寝顔を見るのは無作法だろう。

 

寝返りを打ちすやすやと眠るシリーンを寝かせたまま、寝台を降りた私は身支度を整えると彼女の部屋を後にした。

 

ここはプライベートエリアだったが、案内がなくとも入り口まではわかる。

 

考えてみれば彼女を密偵として使う雇い主や私を襲撃したアサシンもこの場所のどこかに潜んでいるのかもしれない。

 

そもそもそれを確かめるべくこの場所に足を運んだのではあるが、シリーンのダンスを見てその気が失せてしまった。

 

確かに彼女を利用する者に興味は尽きないがまあいい。

 

二人きりで会う時のシリーンは官能的で心得た女だったが、この場所ではただの娘だったし、もし彼女のボスが現れたら彼女がどうでるかはわからない。

 

事を荒立てる気はなかった。

だがそう思った途端トラブルはやってくるものだ。やれやれ。

 

気づけば通路の影にいつか私を襲撃した男がひっそりと立っていた。

 

「・・・来い・・店主が会うそうだ」

 

無駄口は好まない男らしい。殺気は隠していたが、前回私が後れを取ったくらいだし実力は確かだった。

 

まだ若い男だったが、血の臭気をまとった得体のしれない闇を内包しているようだった。

 

「ああ・・・会おう」

 

了承した私の返事を聞くや否や男は踵を返し案内を務める。

 

初めて見た店主は私くらいの三十路前後の男だった。

 

紫の髪に緋色の瞳がやけに禍々しいが、表情は驚くほど柔和で底知れなさを秘めていた。

 

シリーンの話では不治の病を患っているそうだが確かに顔色があまりよくないようだった。