「貴方こそ私以外のお相手はいないの?」

 

それに対する私の答えは「否」こう見えても私は一途な質だ。

 

王というだけで群がってくる女は確かにいるし、不自由したことはなかったがそれも随分若い頃のことだ。

 

愛を語るには私の野望は強すぎたし、私の理想を理解する女は皆無だった。

 

そもそもシリーンと出会うまで、私にとって「女」とは人生や価値観を共にするものではなく束の間の戯れでしかなかった気がする。

 

待つことに飽いてある者は去り、ある者は心を病み、ある者は私を亡き者にしようとした。どのみち二度と会うことはないだろう。

 

だが考えてみれば彼女達の気持ちに私が寄り添ったことはなかったかもしれない。

 

愛があればわかりあえると思い込み、思いやりがたりなかったのだろう。

 

確かに愛はあったはずだが惑い惑わされて幾度なく見失ってしまい幾年も熱砂の砂漠でさ迷うことになった。

自己愛や偏愛など愛といってもさまざまだろう?

 

若気のいたりもあり、悪いのは己ではなく相手だと思い込みどこかに合う相手がいるはずだと思っていたこともあったが、果たしてそうだろうか?

 

相性は確かにあるだろうが、おそらく己の過ちに気づくのに私には時間が必要だったし、運命の女であるシリーンに巡り合った後も添い遂げるための覚悟がやはり必要だった。

 

愛だけでも欲望だけでも成り立たない。

 

互いの関係もさることながら立場というものもあるからだ。

 

シリーンは自嘲的に己を語るが、彼女以上に私を理解して愛してくれる女は他にはいない。まさに真実の愛に値する女だった。

 

彼女も同じ葛藤を抱えていた。

愛は蜃気楼のようなものだとシリーンは言った。

 

私にとってシリーンとは幾度なく逃げ水に惑わされて諦めかけた末にたどり着いたオアシスのごとき乾いた心に潤いを与えてくれる女だった。

 

器用な女に見えたが実のところ私同様手痛い失敗から多くを学んだようだ。

 

だからこそ痛みを知る分ことさら他人に優しくなれるのだろう。

 

シリーンは本当に興味深い女だった。なぜあそこまで他人のために身を投げうてるのだろうか?本当に不思議な女だ。