何も捨てずに彼を得ることはたぶんできない。
ライザール様は私より大人だから感情に溺れることもなく私との未来の可能性をきちんと考慮してくださったのだと思う。
愛があるからこそ身を引く・・・ジェミルと同じ。
いいえ、それ以上の揺るぎない信念があるのでしょう。
だって私達は両想いなのだから。
愛があっても覚悟がない私にはどう答えればいいのかわからなかったけれど・・・
「それでも私を選んでいただきたかったわ」
それが本音だった。
もしライザール様が望んでくださるのなら私は全てを捨て去ることができる。
けれど私の答えに彼は苦悩を浮かべたまま言った。
「お前が考えているほど『王』は万能じゃない。愛が冷めた時お前はきっと私を選んだことを後悔するだろう。お前の愛だけは私は失いたくない・・・すまないシリーン」
!
何もかも見透かしたような顔でそうおっしゃるのね。彼は私を背負うことで後悔したくないんだわ。
愛がない方が、割り切った関係の方がきっと楽だから。心を凍らせれば傷つかないで済む。
大切であればあるほど失いたくないし傷つけたくないからいっそ失う前に手放してしまおうって気持ちもわかるから何も言えなかった。
大切なものが手からこぼれ落ちるのが嫌だからしっかりと握り締めて離すまいと思ったのに気づいたら粉々になっていた
・・それは綺麗な花だったり蝶々だったりささやかなものだったけれどそれらすべては私の人生のメタファーだった気がする。
どうしてか望んでも手に入らないものほど愛おしくて惹かれてしまう。
「私の心も体もすべて貴方のものです」
それだけはわかって欲しかった。
「それは私も同じだ。私が愛した女はお前だけだ」
必死な様子は彼の表情から真摯な想いが伝わってきた。
私は王という仮面を愛したのではなく生身の彼の心に触れることができたらしい。
「ええ・・・わかっています。だからより苦しいです」
昨夜の悲しみが戻ってきてしまったけれど、そろそろ気持ちを切り替えなくては。
感情を切り離すのは得意だから私は大丈夫。
「取り乱してしまってごめんなさい。でも大丈夫ですよ、気になさらないでください。私は密偵として役割は果たします。さあ、そろそろお戻りにならないと。王の不在なんて一大事ですから」
深刻な話はそこまでだった。
涙を拭いライザール様を促すと彼もしぶしぶと言った様子で頷いてくれた。
それから食器を片づけて店主様にご挨拶をした私はライザール様とともに宮殿へと戻ったのだった。