「そういえばお前は貧民の出だったと言っていたな。店主に恩義があるとは借金でも抱えているのか?」
私は店主様に買われたわけじゃないし、彼の所有物でもないからライザール様の懸念は当てはまらないけれど、うら若い私が密偵をすることにやはり違和感があるのかもしれないわね。
「いいえ。それは違います。確かに店主様は主ではありますが養父のようなものですし、借金もありません。ちゃんと労働の対価に見合うお給料だっていただいています。踊り子になるのはお金がかかりますがそれは店主様が出してくださいました。
貧民の私に読み書きも教えて様々な知識を与えてくれたのも彼です。感謝してもし足りません。
イザール様が不審に思うのもわかります。私も同じ疑問を抱きましたから。そんな私に店主様は笑っておっしゃったのですが、『育成』が趣味なのだそうです。対象の可能性を最大限に引き出すことが楽しみでならないんですって」
それがだいご味なのだと店主様は私に言った。幼い私に会ったときに彼はなにがしかの可能性を見出したらしい。
踊り子と密偵になることは必然だった。音を聞けば体が動くし客あしらいも上手く好奇心が旺盛な私にとってはまさに天職だったといえる。
「ライザール様はカマルにいらっしゃらなかったし、もし私が密偵でなければきっと出会うこともなかったんですよね」
そう考えると本当に奇跡的に出会ったのだと実感してしまう。
「そうとも言い切れないがな。だがまあこんな機会でもなければこうして会うことはなかっただろう。・・・踊り子のお前も密偵のお前も私にとってはどちらも変わりなく大切な女だが、だからこそ私の我がままでお前の自由を奪うことはできないとも思う」
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選ばないのは私に不自由を強いたくないからだとおっしゃるのね。
それがおそらくライザール様が考慮したうえでの結論なのだろう。
本当に優しくて残酷な方ね。でもそれは彼が感じている窮屈さからくる体験談だった。
降りたくても降りることは許されない孤独な玉座に君臨する王だからこその重みのある言葉だ。
それに私自身今の暮らしを捨ててこれまで培ったスキルを捨てて彼と結ばれて幸せになれるのだろうかと考えた時やはり躊躇はあった。