「今晩は・・ライザール様」

 

声をかけ部屋に入ると来客があったことに驚く。ベールをしていてよかった。

 

「これは失礼いたしました・・・お客様とは存じず」

 

謝罪しながら相手を窺うと相手も私を見ていた。

商人の出で立ちの青年だった。ベールで顔を覆っているので表情はわからない。

 

「ああ・・・シリーン構わない。紹介しよう、彼は私の友で水煙草を扱う商人だ。こう見えて古株でな、いろいろ相談にのってもらっているのだ。ベールを取るがいい」

 

ライザール様のお友達なんて・・物珍しさが勝ってしまう。

 

彼の前で私の名を呼んだということは彼は成りすましの事情を知っているということね。

 

促された私はベールを取り彼に自己紹介する。

 

「初めまして、シリーンと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」

 

「貴女がシリーンか、美しい方だ。お噂はかねがねライザール様から伺ってますよ。密偵なのでしょう?」

 

 

そんなことまで打ち明けてらっしゃるなんて。驚きはあったものの動揺は見せない。

 

「ええ・・・そうですわ。もしなにかご依頼がございましたらご指名ください」

 

私は別にライザール様専属というわけではないのでそこは遠慮しない。

 

「おい、私の前で他の男を誘惑するな」

 

 

思わぬ嫉妬深さを見せつけるライザール様に呆れてしまう。

すると青年が愉快そうに笑った。

 

「ははは・・こんなライザール様を見たのは初めてだ。まあ無理もないこんな魅力的な女性ならさすがの貴方も恋をしてしまうのかな?」

 

 

友なら彼の女遍歴もご存じなのかもしれなかったが、彼の反応を見る限りでは本命がいたことはなさそうね。

 

「貴方までからかわないでくれ。それにシリーンの本命は私ではなくライラ・ヌールだからな」

 

 

まだ根にもってらっしゃるのね。まったく・・意外と嫉妬深い方なのかしら

 

「王と義賊を天秤にかける密偵か・・なるほど面白い」

 

「もうその話は忘れてくださいな。結婚を夢見たっていいじゃないですか。私だって女なんですから」

 

売り言葉に買い言葉のような気安い応酬のつもりだったのに・・

 

「貴女は『王』と結婚したいのか・・・いや『彼』と結婚したいのかな・・悩ましいね」

 

青年がひとりごちるように言う。

 

どういう意味なのかしら?

 

「・・・・」

 

ライザール様は何もおっしゃらなかったけれど、ほんの冗談のつもりだったのに。

 

でもライザール様を慕う気持ちはあっても私も一歩踏み出すことができなかった。

 

だってこれは私の覚悟とか勇気でどうにかなるものじゃないもの。