勘繰るような視線を感じながら私は完璧な作法で茶を注ぎ大使とライザール様に供する。

 

「待て・・・毒見をしてもらおう」

 

 

まさかのライザール様の発言に大使も驚かれたようだったが、さすが要人だけあってすぐに納得される。

 

一介の使用人がそんな役割を果たすことなんてあるかはわからないけれど密偵の端くれとして望むところだったから私は彼が手渡した銀のカップに口をつける。

 

――あ、美味しい・・

 

ルーガン産の一級茶葉だけあって渋みもなく芳醇な香りと深い味わいの紅茶だった。シャナーサでももちろん輸入品販売のお店にいけば手に入るけどなかなか高級品なのよねえ。まあ私はお客様からいただくことも多いから飲んだことはもちろんあるけれど。それでもここまでの紅茶は飲んだことはない。

 

緩みそうになる頬を引き締めながら(ベール越しだからわからないけれどね)口紅がカップにつかないようにそっと懐紙で拭ってからライザール様に差し出すと彼は躊躇なくそれに口をつける。

 

 

 

「ん・・・・美味い」

 

意味深な彼の言葉に頬が火照る。間接キスみたいでなんか恥ずかしいわね。

 

「これも試せ」

 

ライザール様が指し示したのはトローナだった。

 

トローナ!!!

 

昨夜ライザール様のお部屋で話題が出た菓子だった。やっぱりバレてるわよね。

 

「・・・・・・・っ」

 

――美味し~い!!まったりとした蜂蜜の風味がたまらない

 

大使様は用心深くお命じになるライザール様に感服しているようだけれど、私にとってはまさに仕事にかこつけた至福の時だった。

 

甘い菓子にありつき美味な紅茶を堪能した後、給仕係としてその場に留まる。

 

使用人など気にかけずに歓談をつづける大使の話を聞くとはなし聞く。

 

だいたいこういう場合って共通語を話されることが多いと聞くがライザール様も語学が堪能な方なため、本来ならシャナーサの公用語を話されるはずの大使も母国語を使い話されているようだった。

 

もしかすると話題そのものがデリケートなものだったせいかもしれない。

 

話題とは亡国のクライデル帝国の元王子のことだった。

 

かの国は隣国のルーガン王国に滅ぼされたことは私も知っていたが、なんと生き残りの王族だった王子が特別な事情から恩赦になったことまでは知らなかった。

 

大使が言うには滅ぼしたルーガンの世継ぎであるヴィンス殿下が亡国の王子であるロラン様の見聞を広めるため会議に伴うので格別な配慮を要するということだった。

 

ロラン様という方はクライデルの方だけあってかなり特殊な性癖をもった方のようだ。どうやら情動的で見境なく女性を求める傾向があるらしい。

 

昨夜見た見聞録の特集が脳裏をよぎる。さもありなんだ。

 

だが会話の内容がわかったとしても顔には出さない。