ショーサロンカマルで「舞妖妃」と呼ばれる踊り子をする私のもう一つの顔、それは密偵だった。
クライアントの事情は様々だけれど、依頼を達成するために私は彼らに寄り添い時にはターゲットに近づき情報を得るために彼らと親密なひと時を過ごすこともあった。
だがもちろん一線はけっして超えない。それは私が自分に課したことだったけど、それが私なりのプライドだった。
そんな私のもとに店主様を通して依頼が今日も来る。
しかもそれはこの国でもっとも尊い方からの依頼だった。
もちろん守秘義務があるし、秘密裡の任務とはいえ人の口に戸は立てられない以上、私の存在は知る人ぞ知るものだった。
とはいえまさか一国の王から指名されるなんて思いもかけず私にしては珍しく緊張していた。万が一にも粗相があってはならないもの。店主様にも念を押されてしまった。
我が国、太陽と熱砂のシャナーサの王といえば、まだ若いが名君と名高いライザール・シャナーサ王だった。
高貴なクライアントはこれまでもいたけれど、王族ともなるとどのような依頼が飛び出すのか見当もつかなかった。無体なことでなければいいけれど。
ライザール様にお目にかかるのはこれが初めてだったが、どんな方なのか楽しみだった。
もちろん男としても興味はあったけれど。名君と誉れ高い方であったとしても聖人君子なわけはないし、しょせん男だ。
これまでも理不尽な男たちの相手をしてきた私は少しだけ男性に対して偏見があった。
確かあの方は独身だったはずよね。一夫多妻が許されたわが国では珍しいことだった。好色というわけでもなく浮いた噂はあまり聞かない。
もちろん市井に聞こえてこないだけで、宮中で行われていることなんて一般庶民にわかりようがない。
そういった意味ではゴシップ好きの国民性というのもないためか、開けた王室とは言えなかった。
革新的なライザール様は人気だけれど、宮廷は依然として古式ゆかしい伝統が根付いていた。
富も権力も名声も欲しいままにした御年30歳の若き王が一介の密偵にすぎない私になにを望むというのか。
気が進まなかったけれど、お金が大好きな店主様が依頼を受けてしまった以上腹をくくるしかなかった。まったくいくら積まれたのかしら?
ちなみに私は歩合制なのでお給料制が少しだけ羨ましい。危険手当も出ないしわりととんでもない職場よね。(踊り子の方はお客様からのご祝儀だけなのよねせちがらい世の中だわ)