それはさておき仮にも王宮に直接出向き、高貴な身分の方に拝謁願うため、それなりに身支度には時間をかけたけれど、美が集うのが王宮である以上幸い目立つこともなく安堵してしまう。
顔を覚えられても面倒なのでベールで覆っていたが、幸い衛兵に話は通っていたらしく疑われることもなく通された。
月がシンボルマークの壮麗なヒラ―ル宮の門を潜り案内されたのは謁見の間ではなく噴水のある広間だった。
人払いされているのか周囲に人影はない。水の流れる涼しげな音しか聞こえなかった。外が熱いから観葉植物もあってちょっとしたオアシスみたいで過ごしやすくて快適だわ。
案内した使用人が姿を消した途端つい密偵の習性で出入口に目を走らせてしまう。不測の事態に備えて脱出経路は常に確保しておかねば。
はたしてどの入り口から王がやって来るのか、ごく自然体を装いながら注意だけは怠らない。
!
足音高く尊大に入って来るかと思った王だったが、答えはすぐにわかった。
彼はまるで音もなく忍び寄るオンサ(ジャガー)のごとく背後から忍び寄り現れたのだ。密偵になってだいぶたつが背後を取られたのは初めてだった。
間髪入れずに振り向いた私と男の視線が絡む。まさに一触即発ではあったが、私は何事もなかったかのように殺気を消す。
首にはめた金環からつながる大きな青い宝石のついた胸飾りはもちろん、その風格をみればそれがまごうことなき王であることは一目瞭然だったからである。
――この男何者なの?
すくなくとも筋金入りのぼんぼんというわけではなさそうだ。油断できない男であることはその双眸を見ればわかった。まさに偉丈夫という言葉を体現した男だった。
けれど彼が王ならクライアントである以上失礼があってはならない。
ベールを取った私は恭しく笑みで出迎えた。
「お初にお目にかかります。ライザール王、ご依頼を受け参上いたしました」
私の素顔を見た途端、瞠目したライザール王の口から感嘆のため息をもれたのを聞き逃さない。相手の反応は予測通りだった。
とはいえこういってはなんだが仮にもカマルの舞妖妃である私は称賛には慣れていた。