一方的に私が彼を誘惑するなと釘を刺されただけで、彼が私を誘惑しないという約束はしていないことに気づき慄然とする。

 

――まさかよね!?

 

クライアントともターゲットとも一線を越えないという取り決めはあくまでも私の信条であるだけで相手にはなんの効力もないことだった。

 

トクン

 

距離を詰められただけでまるで獲物になったような心地になってしまうほど、彼の気配は不穏で尊大だった。

 

身が強張ってしまうのを気取られないように笑みを浮かべる。

そんな強がりが通用するような相手ではなかったけれど。

 

濡れて透けた布越しに素肌に注がれる不埒すぎる視線に羞恥を感じたが、顔には出さない。彼のような男には弱みを見せたくなかったからだ。

 

でもすぐに後悔してしまうことになった。

 

いきなり彼に唇を奪われてしまう。

 

「は・・・・・んん・・・っ」

 

それはまぎれもなく私のファーストキスだったのに。

彼はお構いなしで、空気を求めて開いた唇の間から滑り込ませて絡みつく巧みな舌で私を追い詰める。

 

はあ・なによ・・・これ・・・頭が真っ白になっちゃう・・・

 

拒みたいのにそれすら忘れてしまうほど夢中になってしまった。

 

はだけたガウンからむき出しの胸がこぼれた出たが、羞恥を感じる間もなく掴まれてしまう。

 

初対面の男にいきなりキスされてしまうなんて密偵として情けなくてならなかった。

 

それでも修羅場をくぐってきた自負があったから、こんなことで負けたくなかった。

 

身もだえながら強張る乳房を逞しい彼の胸板に押し付けキスをねだる私の姿に満足したのかライザール様が身を引く。

 

ドクドクドク

 

まるで呪縛がとけたみたいに呆然とする私の胸はまだ早鐘を打っていた。

 

「ずいぶん感じやすいことだ。まだキスだけだというのに・・ふふ・・・先が思いやられるな」

 

 

先があるの!?それは聞き捨てならないセリフだった。

口調からもたんなる戯れであることはわかったが、気まぐれでこのような目に合わされてはたまらない。

 

「からかわないでください。・・・こんなことは不本意です。誘惑するなとおっしゃったのはライザール様でしょう?・・・困ります」

 

息も絶え絶えに訴える私を見やる彼の顔には笑みが浮かんでいた。

 

「なんだ。私に条件をつける気か?たかがキスだろうに・・まあ、いい。仕事に専念しろといったのは私だからな。だが密偵のくせにこの程度で動揺しすぎだ」

 

 

彼にとってはその程度なのかもしれないが、私にとっては大ごとだった。