「・・・・いい子だ」

 

タイルの上に寝そべったライザール様に促されるまま唇を使いじっくりと彼を癒す。

 

ライザール様の低く抑えたかすかなため息に体が熱くなってしまう。

 

きっと私が『本物』だったら彼はこんな駆け引きはしなかったでしょうね。

 

身辺整理を済ませてしまえるほど真剣に結婚に臨もうとされていたくらいだもの。

 

でも彼は望んだ相手に裏切られてしまいプライドをずたずたにされてしまったのだ。

 

私との行為はそんな彼にとってのささやかな意趣返しなのだろう。

 

そして私にとってこの行為は・・・意味なんか考えたってしかたない

 

ただ気持ちよくなりたかっただけともいえるし、円滑に物事を進めるためクライアントの傷を少しでも癒したいという思いもあったし、レイラさまに対する優越感すらあったかもしれない。密偵としての本分とはかけ離れてはいたけれど

 

濃厚なしたたりに戸惑いながらも私はすべて受け止めることしかできなかったけれど、ライザール様は満足されたようだった。

 

「・・・・・んっ・・・・」

 

こんなことしたことなかったけれど、いったん自分で決めたルールを破ればあとはなし崩しも同然だった。

 

身を起こした彼と場所を入れ替わり、今度は私が彼の愛撫を受ける。

 

緊張していた四肢がほどけて官能の渦に飲み込まれてしまう。

キスが上手な方だけれどその技は遺憾なく発揮された。

 

こんな快楽があったなんて知りもしなかったことが悔やまれてならない。

 

でもそこまでだった。

 

「・・・・すまない。ここまでにしよう」

 

 

彼は突如身を起こし欲望を霧散させたかと思うと、私の頬を撫で一瞥ののち去ってしまったのだ。

 

何が起きたかもわからぬほど唐突だったけれど、思わず羞恥で唇を噛みしめてしまう。問わずとも理由はわかりきっていた。

 

彼に気づかれてしまったのだ。

 

私が『初めて』だってこと・・・それがなんだかとても気まずかった。

彼の中で私への評価がどれだけ下がったのか知りようもなかったけれど、すくなくとも思いとどまってくれるだけ彼は紳士だということは確かだった。

 

自信家で傲慢で強引だけれど、どんな時も冷静で慈悲の心も持ち合わせた男なのだろう。

 

婚約者でもない『偽物』の私では去っていく彼を止めることもできなかったが、初日にクライアントとここまで濃密な行為に及んだことはこれまで一度たりともなかったから私自身動揺していたし戸惑っていた。

 

あんなに簡単に誘惑に負けたのは初めてだった。

 

欲望にたぎる男になど嫌悪しか感じなかったのに、彼の誘惑はそんなことすら払しょくしてしまうほど濃密で甘美なもので拒めなかった。