周囲に人影はなく、誰の声も聞こえないことに安堵する。
やっと一人きりになれたのだと実感していた矢先だった。
彼の気配を感じたのは。
顔を上げると視線の先にライザール様が佇みこちらの様子を窺っていた。
彼は私を遊女だと思っているようだった。無理もないあれだけ好奇の視線にさらされてしまった後だ。
ヴィンス殿下も平静を装っていたけれど、テオドール様にからかわれて動揺なさっていたし、ちょうどライザール様も居合わせてその話を耳にしたようだった。
私がヴィンス殿下と夜を共にしてロラン様と外出したことはすでに尾ひれがつき宮殿中に知れ渡っていた。
下劣な噂話に興じるより、未来志向の意義のある話し合いをすればいいのに
そうは思ってもライザール様の耳にまで入ったのは気まずかった。
男二人を手玉にとる奔放な女だと思われたくはなかったし、彼から軽蔑されるのも苦しかったからだ。
先ほどまでは確かに一人でいたかったのに、彼の傍にいると胸が高鳴ってしまって落ち着かなかった。
彼にだって下心も欲望もあったけれど、やはり成熟した方特有の余裕があってむしろかえってそそる好ましいものだった。
ライザール様はまだ私に対する疑いを捨てたわけではなかったけれど、一方で気にかけてもくださっているようだった。
一人になりたいのだと察してくれたのか気を利かせて立ち去ろうとした彼を無理に引き留めてしまったが、彼が留まってくれた時は嬉しかった。
袋に入ったデーツを勧めるライザール様の双眸は油断なく煌めいていたが、それでも私はご一緒できて嬉しかった。
ここは王宮で彼が主である以上、不信を感じれば私を拘束して投獄することだってできたはずだったが、彼はそうしなかった。
本来なら仕事の障害になりかねないライザール様の存在は留意する必要があったけれど、私は彼を避けたくなかったから
・・・むしろ二人きりで会話できることが嬉しかった。
私は貴方の敵ではないのに・・どうしたらわかってもらえるのかしら?
女としての魅力で簡単に惑わせられる方ではないことはすぐにわかった。
彼は相手が女だろうと一時も心を許そうとしない孤高の方だったからだ。
そんな方の懐に私のような女が迎え入れられるわけもなくてそれがなんだか悲しかった。
これまで数えきれないほどの男性達と過ごしてきた私にしては珍しく仕事相手じゃないこともあいまって緊張して、気づいたら饒舌になってしまっていた。
間を楽しむほどの親密さはまだなかったから。