目覚めた私に彼は新しい名前をくれた。
――シリーン、それがお前の新しい名前だ
!!
まさか彼が私の名を呼んでくれるなんて思いもかけなかった。
初めてそう呼びかけられたとき胸が高鳴るのを感じた。
名乗ったわけではないし、彼が私の名前を知るわけない以上やはり偶然なのだろう。
シリーンと呼びかける彼の眼差しはどこまでも優しくて、以前に戻ったみたいだった。
きっと大切な方の名前なのだろう。私ではない他の誰かだと思えば胸が苦しい。
けれど誰でもなく誰にでもなれる女だと言ったのは私だった。
その名前を受け入れるだけで彼は私を大切にしてくれるのだと思えば少しは苦しみがやわらいだし、なによりも私自身彼にそう呼ばれることを望んでいたのだ。
だって私はシリーンだもの。
けれど一度私に裏切られた彼は完全に私を信用したわけじゃなかった。
だからキスも愛撫も惜しみなくくれたけど、彼は私が触れることを許してくれなかった。
私だってあの方に触れたいのに・・・
恋の悩みはつきない。どんどん贅沢になってしまう。
ジェミルのことだってあった。
あの後ジェミルは無事脱出できたようだったが、そのまま店主様の元に戻ってしまったのだろうか。
私のせいで彼には辛い思いをさせてしまった。彼を裏切ってしまった私が彼を心配する資格なんてないのかもしれない。
けれどそれでも私はジェミルが心配だった。任務に失敗した彼を店主様はどうされるだろうか?
血を手に入れなければばらないのに、私にはライザール様を裏切ることなどできそうになかった。