意を決した私はペンダントを懐にしまう。
もうすぐ「彼女」が来るころあいだった。
やがて先触れがあり、「彼女」が姿を見せた。
その顔に憂いはなかったが、身分を偽っている以上完全ではないはずだ。
できれば可能な限りの憂いを取り除いてやりたかった。
もっとも私だって身分を偽っているが、それは相応の覚悟をしてのことだった。
義賊とはいえ盗賊である以上身分詐称はしかたなかろうが、
他の女の名で抱かれる「彼女」の方はやはり不本意なはずだ。
だから今夜このペンダントとともに「彼女」に名前を返そうと思う。
もちろんおおっぴらにはできないが、せめて私だけは「彼女」の真の名を呼んでやりたかった。
「こんばんは、ライザール様。ご寵愛を賜りにまいりました」
慣例の口頭を述べる彼女の手を引きながら私は人払いをした。
この夜のことを知っているのは満月と私達だけでいい。
「お前に大切な話がある・・・だからよく聞いて欲しい」
彼女の両肩に手を添えたまま私は彼女の反応を見逃すまいと窺う。
「?・・・・はい」
改まった私の様子になにかを悟ったのか彼女の顏も緊張をはらんだものに変わる。
「・・・・私と結婚してくれたこと、礼を言う。ありがとう・・・葛藤があっただろうにお前がどのような覚悟で嫁いでくれたかと思えば曖昧なままにしておくことはできないと考えた末だ」
「シリーン、お前はシリーンなんだろう?」
名を呼んだ途端、彼女が薄黄色の瞳を見開く。
そして次の瞬間潤んだ瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ち頬を伝い涙はそのまま緋色のマニキュアを施した指先に滲み込む。
口元を両手で覆い悲鳴を飲み込んだ彼女は、まじまじと私を見つめた。
名乗っても良かったができれば私も彼女に名を呼んで欲しかった。
無言の間が続く・・・やはり私を覚えていないのか・・
ふとそう思える瞬間もあった。
カルゥーを目にした時も薄い彼女の反応に落胆した。
だがカルゥーは覚えていたようですぐに彼女に懐いたのは、彼女がシリーンだと野生の本能で嗅ぎ分けたからだろうか。
煌々とした月光が彼女に降り注ぐ。
やがて真実にたどり着いたのか、彼女が幾重にも封印されていた秘密の扉を開け放つイメージが浮かんだ。
「・・・ト?・・・・まさか・・・ルト・・・なの?」
!!
しかし私の心配は杞憂だったようだ。
しばしの沈黙の後彼女は正解を導き出した。
「・・・ああ・・そうだシリーン、本当に久しぶりだな?」
まさに思い描いていたような感動の再会だった。
「ルトッ!!」
シリーンは私の名を呼ぶと抱きついてきた。
しっかりと華奢なその身体を抱きしめる。香しいその匂い、確かに間違いなく彼女は私の、私だけのシリーンだった。
「シリーン!!会いたかったぞ!シリーン!やっとっ・・やっと取り戻せた」
ずっとシャナーサにいたのに、王になったのを機に忙しさにかまけてきちんと探そうとしなかった私が悪かったのだ。
救えず変わり果てた彼女を直視するのが怖かったのだと思う。
どんなに様変わりしようとも彼女だと言うのに。
本当に辛い思いをしたのは待つ私ではなく彼女だったはずだ。
だがきっと探している間は会えなかっただろうという気もした。
艱難辛苦あったが互いの成長を必要としたのだと思えばいい。
今の私は大人になった彼女を迎えるに相応しい男だし、私より若い彼女にも準備期間はいっただろうから。
ただ義賊として名を売っていただけの放蕩の日々は無駄ではなかったにせよ、そのままの半人前の若造の私では彼女を幸せにできなかっただろう。
義賊と密偵の恋も悪くはなかったが、それは自分たちだけのささやかな冒険だった。
王の立場では見えない人々を幾人か救いあげてもそれ以上の人々が格差に苦しむ世を是正できるのはやはり施政者である私にしかできない役割だった
だから今このタイミングで心から信頼しあえ、背中を預けることができる彼女に会えたことはまさに私にとっての天啓としかいいようがなかった。