シリーンの母親のエピソードです
初めて恋した方、それがあの方だった。
緋色の優しい目をしたあの方は私にとって創造主であった。
あの方にとって最も大切なもの、それが研究だった。
膨大な時間を費やして心血をそそぐあの方のお傍にいるだけで私は満たされた。
当時の私はあの方以外の男性を知らなかったし、肉体的な触れ合いはまったくないプラトニックなものだったけれど不満はなかった。
ずっと一緒にいられると思ったけれど私の身体は大人へと日ごと近づき、月のものがきて私たちの関係に変化を及ぼすことになった。
あの方は私を「オメガ」と呼んでいたけれどそれがなぜなのか私は知らなかった。
でもついに知ってしまった「オメガ」の意味することを。
私の中に眠るオメガの因子を呼び起こす方法をあの方に教えられた私は、はじめてあの方を拒絶してしまった。
あの方の為ならばこの身すら捧げたいとそう思っていたのに・・・
私にはあの方以外の男達に求められることなど耐えがたいことだった。
それでも年頃になって身体の変化に伴い私の心にも徐々に変化がもたらされて、物足りなさを感じている自分に気づいてしまった。
キスや触れ合うことに憧れをもつようになってしまった私をあの方は冷めた眼差しでみるようになった。
嫌われてしまうことが辛かった。
それでもあの方を慕う気持ちは夜毎膨れ上がって私を苦しめた。
肉欲を求めてしまう私と、肉体的な触れ合いを一切を拒むあの方の間にできた溝が埋まることはなくて・・・
悩んだ末私はあの方の求める通り「オメガ」の力を解放するための生贄になる道を選ぶことにした。
そうすればきっとこの身体の火照りも鎮めることができるし、
あの方の恩に報いることもできるから・・
けれどいつまでたってもそんなことにはならなかった。
何故なのです?こんな私でも貴方の力になることができるというのに・・・
訴える私にあの方は「バカな子だ」と言われた。
それからあの方の研究は行き詰ってしまったようだった。
あの方の助手をしていた私は知識も増え、研究経過のレポートを見て知ってしまった。
私があの方を愛してしまったから・・・
愛がオメガの因子を休眠させてしまうのだと。
そんなことって・・・私の存在はあの方の足を引っ張ることしかできなかったなんて。
もうここにいない方がいいのかもしれない。
そんな風に考えていたころだった。
ターヘル・アリから身請け話が舞い込んできたのは。
スポンサーだった彼はたびたび研究室を訪ねてきていた。
隠れて様子を窺う私を見る彼の欲望にまみれた眼差しが何を意味するのかわからぬほど私はもう子供ではなくなっていた。
もし私がターヘルに身を差し出せばあの方は資金援助を受け続けることができるのだろうか?
あの方は何も言わなかったけれど、私はせめてあの方のためになにかしたかったから・・・
ターヘルの元へ嫁ぐと申し出た私をあの方はまじまじとみつめた。
私にはわからないけれどなにがしかの思いがせめぎ合っているようだった。
嫁ぐということが意味することを私はすでに知っていた。
もしターヘルの元へ行けばたぶん二度とあの方に会えない身になるということを。