少し昔の話をしようか。
私はフレイル帝国で生まれ育ち医療技術を極めた
神童だった私にとっては容易なことだった。
美しい者をより美しくすることもそうでないものを変えることも
私の手にかかればとてもたやすいことだった。
美の伝道師である私をもてはやす者もいたが
私はただひたすら研鑽を極めることにしか興味をもてなかった。
だから人を愛したことはなかった
だが世間は私の無関心をよそに恋愛沙汰で忙しいようだった。
これでも若い時から引く手あまただった私も当然その注目の的だった
けれど私に関心を持った者たちも私が生まれ持った歪さに気づき
皆去って行った。
彼らと私の間にはどうしても埋まらぬ深淵が横たわっていたが
淵を覗く者はそうはいない
なぜなら彼らは皆善良な者達だったからだ
人を愛せない私だが、それらにまつわる行為も必要としていなかった。
はっきりいって時間の無駄だ。
今もってその考えは変わらない。
そんな私だが一度だけ過ちをおかしてしまったことがあった。
当時、生まれ持った美を持つ者を研究していた私はサンプル集めに余念がなかったのだが
フレイル帝国にも当然優秀な遺伝子を持つサンプルを収めた施設があったがそれらはあまりにも膨大であったのに
私の求めるものはなかなか見つからなかったため地道なフィールドワークを余儀なくされた。
とはいえそんなサンプルを容易に準備できるはずもなく
お金でどうにか都合をつけることしかできなかったわけだ。
その日もたまたま目についた若い男を用立てた。
彼はとても美しく繊細で魔性の魅力があった。
もちろん私にその気はまったくなかったが、どうしたことか彼の魅惑に抗うことができずに一線を越えてしまったのだ。
私は俄然彼に興味を持った。
幸い彼は私の提示した金でサンプルの提供をしてくれたため私の研究の足掛かりとなった。
同性すら誘惑する魔性の「オメガ」に私はいたく興味を持った。
私が関係を持ってしまった男はたまたま美しい容貌をしていたが、
私の理想は美醜に捕らわれず異性を魅了する魔法のようなフェロモンの開発だった。
それからはその男から提供されたサンプルを掛け合わせた実験を密かに続けた。
フレイル帝国はもちろん、鱗帝国、シャナーサ王国、クライデル帝国にルーガン王国さまざまな国の男女から得たサンプルを使い、
完璧な美と誘惑の遺伝子ともいうべきオメガフェロモンを発する母体を生み出すことが私の研究目的となった。
だがせっかく研究が軌道に乗ったと言うのに私の動きは当局にマークされてしまい医師免許をはく奪されるに至った。
だが美から見放された虚栄の一族、アリ家の援助を受けるにこぎつけた私はどうにか研究を続けることができた。
そうして私は美と欲望の化身「オメガ」を誕生させることができたわけだ。
だが彼女は発情しても誘惑のフェロモンを発しなかった。
それどころかあろうことか彼女はこの私に恋してしまった。
もちろん応える術をもたない私が彼女を抱くことはなかった。
助手の代わりとして傍に置き身の回りの世話をさせながら観察を続けた。
やがて私は一つの仮説を立てた。
愛が強まれば強まるほど彼女はオメガとは程遠い存在になるということだ。
逆に愛が潰えて欲望が強まると彼女の中に内包されたオメガ因子は暴走し過剰にフェロモン物質を作り出すというものだった。
蛇の実験結果で得たものだった。
立証するためには、彼女の中から私の存在を消さねばならない。
だがなぜか私は躊躇ってしまった。
研究費も底をつき、困窮する私にアリが申し出た。
彼女を譲って欲しいと・・・代わりに援助は惜しまない・・と
だから・・・私は
中略
そして最後に彼女に「グレース」と名前を与えた。