人生で最悪の時は他にもあった。
いわれのない盗みの罪を着せられ処刑された母のこと。
そしてもう一人・・・彼女を死なせてしまったのは俺の罪だった。
ライラ・ヌールとして盗みに入ったある大貴族の屋敷で出会った女だった。
大貴族の家にありがちな複雑な相関図のいわくつきの家だったが、家人に見つかり逃げ回っている最中油断して手傷を負ってしまった俺を匿ってくれた女だった。
カルゥーにも臆することもなく泰然としていた。
知性の輝きを秘めた印象的な黄金色の瞳を持つ三十路の美しい女だった。
俺の姿を見ても騒ぐこともなく瞬時に察したのか怪我の手当てをしてくれた。
包帯を結ぶ女の手は確かで修羅場をくぐってきた者特有の落ち着きがあった。
どうやら貴族に囲われた女らしかったが、特有の色香はなく彼女はどこまでも静謐で・・・その横顔はどこか俺の母に似ていた。
顔がというより醸し出す雰囲気というか・・子供の気配はなかったが直感で彼女も母親なのかもしれないと感じた。
思えば彼女が俺の初恋だった。
けっして肉欲を伴わないプラトニックなものだったが
尋ねた俺に彼女はただ静かな笑みで応えてくれた。
その慈愛に満ちた笑顔をもたらすものが金ではないことは確かだった。
まさに籠の鳥だったが窓辺に座り月を見上げるその憂いを秘めた横顔に俺は胸の高鳴りを覚えた。
「ここから連れ出してやろうか?」
あまりにも陳腐なセリフに俺は自分の愚かさを呪う。
義賊と称していてもしょせんは盗人だ。こんな豪華な暮らしをしている女にバカなことを言ったものだ。
だが、なんだろう・・・寂しげな彼女の横顔を見ていたらふとそう思ったのだ。
彼女は俺の言葉に目を丸くしたが、どこか諦めたようにただ首を振った。
「いいのです。――その言葉を何年も待っていた気がします。だからありがとう・・さあ、貴方はもうお行きなさい。そうだわ・・・これをお持ちください。それは生き別れてしまった娘に遺したかったペンダントです。」
!
まるで今生の別れのような言い方に不吉な予感がした。
首から下げていたペンダントを外し、彼女が手渡したものはムーンストーンをはめ込んだペンダントだった。
まるで月の光のように柔らかな光を放つペンダントはけっして高価なものではなかったが、彼女が肌身離さずに身に着けていたせいかまだ温もりが残っていた。
「そんな大切なものを俺に託していいのか?」
出会えるかわからない彼女の娘への預かりものを託されるほど俺を信頼してくれるというのだろうか?
だが彼女は儚げに微笑んだ。
「ええそうですわ。だって貴方はライラ・ヌールなのでしょう?娘のヒーローですもの。貴方に憧れているのですあの娘は・・・私と同じ籠の鳥だから。でも娘には自由に生きて欲しい・・・それが私の最後の願いなのですから」
「そうだ・・・娘の名前は?」
俺のファンだと言うその娘の名を尋ねた俺に彼女は教えてくれた。
「・・・・シリーンといいます。私の大切な娘です」
「シリーンか・・・良い名だ。わかった・・・もし彼女に会ったらペンダントを渡すと誓う。任せて欲しい」
互いに名乗ることはなかったが彼女には俺がライラ・ヌールだとわかっていただけで十分だった。
俺は確かにこの夜彼女に救われた。
もし捕まれば命はなかっただろう。
俺は彼女に感謝を述べ、夜が明ける前に盗んだ宝石を手にその場を立ち去った。
だがそのせいで・・・
盗みの罪を着せられた彼女は処刑されてしまったのだ。
俺は命の恩人を母と同じ目にあわせてしまった。
盗人は俺だったのに・・・
どれだけ後悔してもし足りなかった。
俺はシリーンの母親を死なせてしまったのだ!!
嫌われるのが怖くて俺はシリーンに母親の形見を手渡すこともできなかった。
俺の罪を打ち明けることもできなかった!!
いつかアイツに再会して俺は全てを打ち明けることができるだろうか?
アイツは許さないかもしれないッ
自業自得だった。
俺を憎んでもいい!お前の気が済むなら命を捧げてもいい!!
だからどうか無事に生きていてくれ!!
それだけが俺の切なる願いだった。
それでも俺はライラ・ヌールであることをやめることはなかった。
王の身では届かぬ支援を待つ人々に報いたかったからだ。
たった一人の少女を救えなかった無力な俺になにができるのかとも思う
いつになく感傷的な気分に浸る俺にライラが言った。
「なにを考えているの?」
珍しい、ライラが私のことを気にかけるなどやはりなにかあったのだろうか?
→気持ちを打ち明ける
「いや・・・今夜の私はどうかしている。古い過去の傷口が疼いただけだ」
そう言ったら、ライラは「そう」とぽつりと呟いた。
「貴方も少し変わったのかしら?いい傾向だわ・・・ねえ、ライザール貴方にとって「欲望」と「愛」とどちらが大切なのかしら・・二兎追う者は一兎も得ずというでしょ?・・・忘れないで、「あの子」を失いたくないならね・・・見間違わないで」
(・・・あの子?レイラのことか・・?それとも・・・)
誘惑者のくせに諭すようなことを言ったかと思うと気が済んだのかさっさと身支度を済ませたライラは残り香だけ漂わせ立ち去った。
彼女も変わってきているのかもしれないな
以前ほど棘がなく冷淡でもない気がした
こう着していた私達の関係に変化が訪れようとしていた。