「おい、勝手に持ち場を離れるんじゃない」

 

そこへ遅れてヴィンス殿下がやってきた。殿下はロランさまのお目付け役なので探しに来られたようだった。

 

察しのよい殿下はすぐに状況を把握したようで、したり顔で言う。

 

「手料理か・・そういえば俺も以前お前に手料理をふるまってもらったことがあったな」

 

さらりと爆弾発言をしたヴィンス殿下をジェミルがキッと睨みつけた。

 

本当は世継ぎで王子だから立場上はヴィンス殿下とそん色のないジェミルではあるが今は潜入中の身である、あんな物騒な視線で隣国の王子を見るのはまずかった。

 

だが思い出に浸るヴィンス殿下は幸い気づかれなかったようだ。

 

 

「ああ、確かあの時はパン粥を召し上がったんですよね」

 

気を取り直した私が相槌を打つとヴィンス殿下は少しだけ恥ずかしそうに頷いてくれた。

 

旅先に同行した折、風邪をこじらせてしまった殿下に私はルーガンの特産品である蜂蜜を使ったほんのり甘い優しい味のパン粥を作ってさしあげたことがあった。

 

「乳粥・・・・ですか?いいですね・・蜂蜜をたっぷりとたらした貴女の乳粥なら僕も食べたかったな」

 

なんとなくいかがわしい匂いを漂わせながらロラン様がうっとりと言う。

 

 

「チッこの○○野郎!!てめわいてんじゃねえか!?いちいちエロいこと言ってんじゃねえぞ!!シリーンの乳粥なわけねえだろ!!シリーンの乳か・・・・ブッ」

 

「なっ!?断じてそのような破廉恥なものではないぞ!!ロランがおかしなことを言って申し訳ない。コイツの失言は俺の監督不行き届きのせいだ。すまなかったシリーン」

 

ロランさまの妄想に中てられて暴走気味のジェミルと慌てて弁明するヴィンス殿下とがくちぐちにしゃべり辺りは一時騒然となってしまった。

 

やがて気を取り直した殿下が事態を収拾すべく二人を引っ立てるように厨房を出て行き辺りは元の静けさを取り戻したのである。

 

「なんだかんだ言ってもあの方達には元気をわけてもらってる気がするわね」

 

王族の方達なのに宮殿で見かけるたびに気安く声をかけてくださることには感謝していた。

 

「さあ・・できたわ。ライザールさまのところに持っていきましょう」

 

厨房からライザールさまの私室まではかなりの距離があったが、専用のワゴンを使えば温め直すことができるので便利だった。

 

暗殺の恐れがあるためか食事も喉を通らない、とあの方は以前おっしゃっていた。

 

それが煌びやかな宮殿の暗部であったが、せめてこのひと時だけでも安心して召し上がっていただきたかったから。

 

私室を覗くとちょうどライザールさまが戻ってきたところだった。

 

「シリーン、私に会いにきてくれたのか?今日は厨房で騒ぎがあったと聞いたがまさかお前が関係しているとはな」

 

ザマーンの根回しが効きすぎたらしくすでにライザールさまの耳にも入っていたらしい。

 

タイミングよく戻られたのもおそらくザマーンの配慮だろう。

 

「そうなの。厨房をお借りして料理を作ってみたのだけど。豆のスープよ、召し上がらない?」

 

生粋の王族には庶民すぎる料理だったが、幸い彼は元庶民である。それこそ王宮で振る舞われる料理など食べ飽きてるのではないだろうか。だからこそ豆のスープにしてみたのだが、果たして彼の口にあうかしら?

 

興味深そうにスープチュリーンの蓋を取り上げたライザールさまの目が一際輝く。

 

「いい匂いだ・・・美味そうだな、ちょうど腹がへっていたところだ。ありがたくいただくとしよう。お前も一緒にどうだ?」

 

ありがたいお誘いについ笑みがこぼれてしまう。パンとサラダも多めに用意していて正解だったみたい。

 

「ええ、よろこんで実は私も楽しみなの。ライザール様は辛いもの大丈夫だったかしら?」

 

それとなく窺うと彼が屈託のない笑顔で応えてくれた。

 

「ああ、辛いものは私も好きだ。・・・お前の手料理ならなおさら・・・な」

 

――ライザール様

 

ロラン様やジェミル、ヴィンス殿下の時はお母さんになったような気持ちがしたけれど、今の気分はもっと熱くて心が蕩けてしまうような心地だった。

 

こうして私たちは心行くまで豆のスープとともに穏やかな夕べを過ごしたのである。

 

 

 

シリーンがスープチュリーンにいれたスープをライザールさまに振る舞ったって話でしたニコニコ